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Fazil, Ferhan & Ferzan - ファジル・サイと双子の姉妹

Fazil, Ferhan & Ferzan - ファジル・サイと双子の姉妹

CD◎ Ferhan & Ferzan Önder Play Fazil Say (W&W)
  • 青澤隆明
    2020.03.21
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 春がくれば、と思っていたのだった。昨年の暮れ、まだ生で聴いたことのないふたりのピアニストのレコーディングを、ぼくはくり返し聴いていた。“Ferhan & Ferzan Önder Play Fazil Say”という1枚のCDである。

 フェルハン&フェルザン・エンダーは、ふたりでひとりというのか、ピアノ・デュオで活躍している。トルコの若き姉妹で、しかも双子である。ファースト・ネームも双子の姉妹らしく、綴りのうえでもHとZの違いしかない。アルバム・カヴァーの写真でみると、目元が少し違う気がする。

 さて、この春がくれば彼女たちはやってきて、デュオ・リサイタルを聴かせるはずだった。《東京・春・音楽祭》の招きで。そして、彼女たちはやってきた。

 リサイタルには、ファジル・サイの作品が2曲組まれていて、とくに楽しみだった。トルコの先達が親交のある姉妹のためにまとめた「イスタンブールの冬の朝」と「ソナタ」、4手連弾の小品と2台ピアノのための堂々たる3楽章ソナタである。

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大の状況を受けて、3月18日に予定されていたリサイタルは中止を迫られた。その前に組まれていた最初のプログラム「The Ninth Wave - Ode to Nature」は、ライヴ・ストリーミングのかたちでインターネット配信された。ベートーヴェンの音楽をモティーフにしたサウンド・アートである。監督・脚本のステファン・ウィンターは、ユニークなアルバムをいくつも世に問うてきたWINTER & WINTERのファウンダーで、エンダー姉妹のファジル・サイ作品集も同レーベルからリリースされている。 

 そのアルバムに収められた「2台のピアノのためのソナタ」op.80は2018年の作曲で、翌年1月、エルダー姉妹によって初演された曲だ。あわせて「ゲジ・パーク1」とされる「2台のピアノとオーケストラのための協奏曲」op.48が、2016年5月のコンサート・ライヴで収められ、両曲とも世界初録音となった。アルバムの幕開けは「イスタンブールの朝」op.51a。こちらもエンダー姉妹のために書かれた作品である。

 ファジル・サイの音楽は、わかりやすく、ダイレクトで、劇的で、イモーショナルだ。憂愁と怒りを堪えた、きわめて率直な音楽である。

 フェルハン&フェルザン・エンダーのピアノは、熱い共感とリズミックな機敏さ、冴えやかな運動能力で、即興的な自由を沸騰させながら、サイ作品の鮮明な語りをのびやかにくり広げていく。音楽が着火する瞬間が、沈静されない蠢きが、まざまざと感じとれる。

 ファジル・サイにとって、音楽は橋である。つまり願いであり、夢であり、幻想であり、意志である。そして、サイの橋はいつも深く揺れている。大きな海のように。それは生の心だからである。
 
 ファジル・サイの音楽は、みえない橋である。みようとしないかぎりみえないが、つよくみようとすれば乗り越えることも信じられる橋である。それはおそらく、絶望と釣りあうだけの切実な希望で強く築かれている。
 
 フェルハン&フェルザン・エンダーという、この双子の姉妹の間には、この演奏で聴くかぎり、対岸がない。ふたりは協働して、ファジル・サイが幻視で見据えるその橋を、真正面から力強く、自由に渡ろうとしている。とくにコンチェルトはライヴだということもあるが、そのふたりの、いや作者の心も含めたひとつの足どりが、しなやかに描かれている。Fazil, Ferhan & Ferzan--あたかも3つのフォルテを重ねるように。Say, Play Say!!!
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