アメリカの夢の続き -バート・バカラック & ダニエル・タシアン『ブルー・アンブレラ』

アメリカの夢の続き -バート・バカラック & ダニエル・タシアン『ブルー・アンブレラ』

CD◎バート・バカラック & ダニエル・タシアン『ブルー・アンブレラ』(Sony Music Labels, 2020)
  • 青澤隆明
    2021.03.18
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 ジョージ・ガーシュインのことを先に思い出して、アメリカの夢、なんて言葉をうかつにつかってしまったせいで、結局深夜になってバート・バカラックを聴かずにはいられなくなった。バカラックの前作アルバムは2005年の『アット・ディス・タイム』だけれど、これはタイトルが象徴するとおりに、スウィート・ビターで、それだけに痛切な感触に充ちた歌がうたわれていた。同作でのバカラック自身のヴォーカルは、東京でのコンサートでも聴いたけれど、渋く震えるその声が、やけに切々と響いてきた。

 『アット・ディス・タイム』から15年がめぐって、ダニエル・タシアンとの出会いが見事なコラボレーションに結実したのが新作『ブルー・アンブレラ』。ずいぶんとひさしぶりの便りのように届けられたアルバムで、コロナ禍をはさんで制作されていたようだが、ぼくが気づいたときにはもう出ていた。海外でデジタル配信された5曲に、新たに2曲をボーナス・トラックに追加してミニ・アルバムにまとめたものだ。

 ナッシュビルの音楽家ダニエル・タシアンの本作での貢献はヴォーカリストとしてだけでなく、ソング・ライティングとプロデュースにおいても共同名義にふさわしいものだろうが、それよりもなによりも「バカラック・イズ・バック!」という再会の思いが強く鮮やかに込み上げてくる。ぜんぶで25分ちょっとの短さながら、それがまたいい。聴き終えて、歌の余白がたっぷりある感じがする。

 ソーシャル・ディスタンシングにより、バカラックがピアノを弾いたのは2曲だけに留まったとのことだが、アレンジはもちろん、アルバム全体にバカラックとしか言いようのない世界が粋に息づいている。それをセンスとかマジックとか才能とかいう言葉に頼らず、なんとか言い当てられたらいいのだけれど、そうすることへのためらいは、バカラックを聴いたときの気持ちをどうにも言葉にできないことにも似ている。繊細な感情が明確にかたちどられて、それが優美に寂しく微笑んでいるのを眺めていると、もうそれだけで充分な気がする。歌が必要なのは、そのかたちでしか伝えられない心の震えがあるからだ。

 すべてはラヴ・ソングである。それは、あなたと私の問題だけではなく、多くの事象を包み込んでいる。最後に収められた「クワイエット・プレイス」という曲はとても率直に歌いかける--静かな場所を探しているんだ、きみとぼくがこれらの夢を繕いに行けるところを、と。それらはもちろん、アメリカが彼や彼女に負わせた夢でもある。なのに、夢の修理は、ひとりひとりの心の仕事だ。そのどうしようもなさが、折れない心で歌に切なく染めぬかれる。
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