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ひさびさに聴くN響 - 広上淳一の指揮でフェスタサマーミューザに登場

ひさびさに聴くN響 - 広上淳一の指揮でフェスタサマーミューザに登場

《フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2020》NHK交響楽団 指揮:広上淳一 グリーグ:組曲「ホルベアの時代より」op.40、ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調op.93 (2020年7月25日、ミューザ川崎シンフォニーホール)
  • 青澤隆明
    2020.09.12
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 夏が過ぎ、台風がきて、新シーズンもはじまったのに、この日記のほうは滞っていて、まだ7月のことも書いていない。いまさらだけど、追って書くと記したので、フェスタサマーミューザKAWASAKI 2020の続きを。

 オープニングの次に、ぼくが聴いたのは、ひさびさのN響。もう半年くらいゆうに経っていることになる。広上淳一の指揮で、プログラムはグリーグの『ホルベアの時代より』と、ベートーヴェンの交響曲第8番。休憩なしの一時間ほどのコンサートというのも、このフェスタのオーケストラ公演では唯一である。

 今年の春夏以降に聴いたオーケストラのなかでも、もっとも徹底してディスタンシングに慎重だったのがN響で、ということはもっともアンサンブルが緊密につくりにくい条件を自らに課してステージに臨んだということになる。オーケストラはどうしたって密集が命みたいなもので、それがこのヘリテージが文化的な基盤とするところでもある。N響のスタンスには、あらゆる意味での徹底した範を社会全体に示す責任を負う意識があったのではないか。高い能力を示しつつ、社会や世論が推奨する線でのアンサンブルを実証する。組織の性格ということであるならば、他にも行政の支援が厚い団体はあるわけで、これはこの国のテレビジョンの主役オーケストラであることの自覚的な性格からもきているのだろう。

 譜面台は一人一本、ステージいっぱいに開いて、弦の編成は8-7-4-6-2で通常配置、指揮者の背中、客席寄りまで弦の奏者を配置したレイアウト。管楽器も大きく開いて座っている。結果、ふつうではない状況で、ふだんとはまた異なるアンサンブルのありようが模索されていったのが興味深かった。プレイヤーが慎重に聴き合って、パートの線を浮かび上がらせる。広上の指揮も機敏さよりは重心を悠然と保って、演奏はじっくりと穏やかなものになるが、それが両曲の古典的な穏健さに親しいものにも感じられる。

 グリーグの組曲では当初パートが噛み合わないところもあったが、濃やかな表情をていねいに描出しつつ、組曲が進むなかで、アンサンブルはゆったりした響きの空間を把握し、力強い響きを結んでいった。新間隔のスタイルでも、演奏をつくり上げながら、N響らしくあるべき姿をみるみる起ち上げていくのが頼もしく思えた。活発な表情も宿しつつ、悠々として泰然とした感があり、古い時代へのまなざしがそこに重なるようにも思えた。

 ベートーヴェンの交響曲第8番ヘ長調も、焦点の合ったしっかりした演奏だ。冒頭から「アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ」に相応しい音圧で響き出すと、このオーケストラのもつ重厚な響きが、機能的な敏捷さとは異なるところで発揮されていった。広上の指揮が造型的な輪郭をくっきりと描き出す。響きの空間的な広さのなかで、パートの分離はより透過的に際立ち、木管の綾なしや弱音の弦の清明さも美しかった。このような環境のなかで、全体として明度の高い構築が志向され、ベートーヴェンの交響曲のなかでもこの第8番を選んで、しかも作品の斬新な創意よりは穏健な古典性を見据えたことが相応しく実を結んでいた。そうしたていねいな音楽づくりは、アンコールの『フィガロの結婚』序曲を、綿密かつ活気に満ちて、ひときわ見事に仕上げることになった。
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