シューマンの絶景に臨む -ハインツ・ホリガーの恐るべき『暁の歌』

シューマンの絶景に臨む -ハインツ・ホリガーの恐るべき『暁の歌』

シューマンとヘルダーリン、ハインツ・ホリガーの冴え渡る邂逅。CD◎Heinz Holliger "Pomancendres " ハインツ・ホリガー『 C・シューマン&ホリガー作品集』(ECM)
  • 青澤隆明
    2020.06.11
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 シューマンの『暁の歌』op.133は、特別な音楽だ。そう言うとき、ぼくたちはどうしたってシューマンの人生の終わりのほうを向いているが、伝記的な事柄から離れて曲を聴いても、ここに異常なまでの美しさがあることは明らかだろう。問題はそれを、どのようにしたら曲として、演奏として繋ぎとめられるか、ということだ。

 『暁の歌』については、ハインツ・ホリガーが怖ろしい音楽を書いている。ホリガーは演奏家としても指揮者としてもそうだが、もちろん作曲家としてもシューマンに格別の敬愛を示してきた。そうしてホリガーは、シューマンの絶景をみつめるにあたって、そこにもうひとりのロマン主義者、こちらは言葉の詩人フリードリヒ・ヘルダーリンを召喚する。

 シューマンの自筆譜のタイトルページには「ディオティーマに寄せて、暁の歌」と記された。これがヘルダーリンと結びつけられるかどうかについては異論もあるが、シューマンから同曲の献呈を受けた女性詩人ベッティーナ・フォン・アルニムはヘルダーリンの詩にいち早く曲をつけた人でもある。

 ホリガーは孤高の精神の危機を描くにあたって、というよりも、そこに抉るように切り込むにあたって、「ディオテーマに」を含むヘルダーリンの詩篇や詩行を、おそらくかなり強い確信をもってテクストに用いている。 そればかりか全曲の始まりでには、シューマンの『暁の歌』の第1曲の旋律に乗せて、ヘルダーリンの「春」を歌い上げる。シューマンの音楽とヘルダーリンの詩は、オーケストラと合唱とテープのためのこの作品世界のなかで、ホリガー一流の書法によって、凍りつくように美しく結晶化されている。

 他にもテクストとして、ベッティーナ・フォン・アルニムの書簡(そのひとつはクララ・シューマンに宛てた手紙)、シューマンの忘備録と日記からの断片、そしてシューマンとヘルダーリンの脳に関する医師の解剖所見までが冷徹に用いられている。テープには3人の登場人物がいるが、ロベルト・シューマン役で朗読するのは、いまは故人となったブルーノ・ガンツである。さらにホリガーの弾くピアノがまた、この世ならざる効果を上げる。

 語り手も異なる言語たちを異種混淆して織り込む、ホリガーの音楽・演劇的手腕は実に冴えやかだ。シューマンの引用を巧みに織りなし、合唱を精妙に用いて、テクストを神秘的に息づかせる。繊細で鋭利な音響の広がりが、曙光と危機を帯びて、これらの絶景に満ちてくる。

 怖ろしい音楽と先にも書いたが、この『暁の歌』を聴くのは、それだけにいつも覚悟がいる。ハインツ・ホリガーはいたって理知的に、孤高の創造精神の危機を冴え冴えと直視している。異界の精神と厳しく親密に交感しながら、一種の創造上の理想郷を、極力幽妙に体現するようにして。
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