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見知らぬ郷愁 - ショーソンのコンセール

見知らぬ郷愁 - ショーソンのコンセール

CD◎ジャック・ティボー(vn)、アルフレッド・コルトー(p):フランク:ヴァイオリン・ソナタ、ショーソン:コンセール(opus蔵 OPK2077)
  • 青澤隆明
    2020.05.06
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 ほんとうなら、サイクルロードレースの季節が沸き立つ時分だ。ぼくのなかのベルギーおじさんの魂に、めらめらと火がつくシーズンである。かつて、ショーソンが不可解な自転車事故で亡くなったと知って、それだけで彼への興味が俄然強まったくらいなのだ。

 もちろんショーソンは、レースで事故にあったわけではない。5月になるとパリを離れ、セーヌ河畔の小村リメの別荘で作曲をするならいだったショーソンは、あたりをよく自転車や徒歩で散策していたそうだ。1899年6月10日、夕方がきて作曲の筆を休めると、長女といっしょに自転車であたりをひとまわりして、パリから到着する残りの家族を迎えにいくところだった。娘が後ろを振り返り、父の姿がみえないのでひき返すと、ショーソンは柱のもとに倒れこんでいた。頭を打って即死だったと伝えられる。下りの傾斜も緩やかで、なぜこのような事故が起こったかは謎らしい。そのとき彼が書いていたのは、結果未完となる弦楽四重奏曲の総譜だった。

 さて、ぼくが最近よく聴いていたのは、ショーソンのコンセール。ヴァイオリンとピアノ、弦楽四重奏のための作品だ。44歳までしか生きられなかったショーソンが1891年、36歳のときに完成した曲である。前年には敬愛するフランクが亡くなっていたが、かの師の名作ソナタも、このコンセールもイザイに献呈されている。いずれの初演もイザイがブリュッセルで行って、ショーソンのほうは1892年3月4日に演奏された。

 くり返し聴いた録音のひとつは、ジャック・ティボーとアルフレッド・コルトーの演奏で、この2曲がカップリングされたCDだ。フランクが1929年、ショーソンが31年に録音されたSPからの復刻盤。コンセールは作曲からちょうど30年という時代で、戦間期の録音である。これがじつに艶やかで、生き生きとしている。ティボーのヴァイオリンのリリカルな瑞々しさにもはっとさせられるし、コルトーのピアノの幻想的な広がりも馥郁として、ショーソンの夢みるような情熱を謳い上げている。

 どこか熱に浮かされたように、このレコードを聴いていると、自分がフランスやベルギーのおじさんになったような心持ちがする。そのあたりの景色が、よく知りもしないのに、やたらと懐かしくもなる。年代ものの石畳、行ったこともない田舎道も、延々と続く上り坂も、春から夏にかけてたくさんのレースを観るうちに、ぼくがまっすぐ走ってきた、心のなかのさまざまな風景である。もっとも、そこはいつだって日中の景色であり、室内楽の響きこそないが。曲がりくねったり、いろいろな駆け引きをくり返して、追い抜かれたり追いついたりしながら、とにかく先へ道を進んでいく。とにかく一曲のコースを走りきれば、どうであれ、そこに必ず終止線はあった。そして、またいろいろ考えながら、次のレースに備えるのだ。
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