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 北へ―メレディス・モンクの『フェイシング・ノース』に向かって

北へ―メレディス・モンクの『フェイシング・ノース』に向かって

「メレディス・モンク:『フェイシング・ノース』」メレディス・モンク、ロバート・エーン(声、ピッチ・パイプほか ) [ECM]
  • 青澤隆明
    2019.11.28
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 冬がきた。ことしは、秋がとりあげられて、冬を押しつけられたみたいに。寒いと空気が澄んでくるように感じるのは、どうしてだろう。冷たい外気が、ぼくたちの感じかたや思いかたを、そういうふうに整えるからか――。

 冬がくれば、自然と北を想う。冬でなくてもぼくの場合はそうで、だから若い頃なんて、ただその一点において、グレン・グールドと密かな同盟を結んだような気にもなった。

 そんなだから、「フェイシング・ノース」という舞台があると知れば、慣れないところへでも自然と足を延ばすことになる。メレディス・モンクのダンス・オペラで、たったふたりで演じられるシンプルなステージだった。それは春のことで、たしか1993年だった。とすれば、25年以上もむかしのできごとだが、ぼくはいまでもすぐ、イヌイット風の衣装をつけて歌うふたりを、目のまえに思い浮かべることができる。

 空気はなにも記憶していない。風が流れて、月日がめぐり、そのときの空気はそのときのぼくたちにしかない――。そのようにも思える。思えるのだけれど、冬の空気がかえってくれば、知らない北の土地の、なにもない見晴らしのなかから、メレディス・モンクとロバート・エーン、ふたりの声がまっすぐに聞こえてくる。空気が声を、人の息づかいと太古からの記憶を、いつのまにか呼び覚ます。そうして、ふたりはいろいろな声色で、無邪気に歌いながら、初めてのように踊っている。

 声が聞こえてきたから、舞台を観た後ですぐに買ったCDを、割れたプラスチック・ケースのなかから取り出してみたけれど、音楽をかけてみても、なにも変わらなかった。彼らとともにみていた先にあるはずの北は、いまも心のなかの方角にあった。ぜんぶ覚えていたとは言えないけれど、なにひとつ忘れてはいなかった。その声の響きは静かで、冬に吐く息のように、ひっそりと温かなままだ。

 このときの来日公演にあわせて、メレディス・モンクの映画作品もやっていて、それも観た。「エリス・アイランド」と「ブック・オブ・デイズ」だ。ぼくはこのひとを知っている、と思った。

 思い出すのはそれだけではなくて、「フェイシング・ノース」のポスターやチラシのこともよく覚えている。そこにはたしか、「この世で最も小さくて、最も美しいオペラ」と書かれてあった。

 それはほんとうのことだ、とステージを観て、まだ若いぼくは思った。25年ほどが経って、いろいろなものをみてきたつもりだけれど、その言葉はぼくのなかに、いまもそのままに棲みついている。
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