バッハの誕生日に - リフシッツの『音楽の捧げもの』

バッハの誕生日に - リフシッツの『音楽の捧げもの』

CD◎コンスタンチン・リフシッツ(pf) 『J.S.バッハ:音楽の捧げもの BWV1079 ほか』(Orfeo)
  • 青澤隆明
    2022.03.31
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 きょうはヨハン・ゼバスティアン・バッハの誕生日。そうか、バッハはやっぱり春の生まれだったのか。しかも春のどまんなか。と思うと、アイゼナハの春を知らないぼくでも、なにかいい気分になってくる。

 で、心静かに聴いていたのが、コンスタンチン・リフシッツが弾く『音楽の捧げもの』BWV1079。リフシッツは2010年代を通じてもバッハをさまざまな録音や実演に実らせてきたが、このCDは2005年の録音。

 いまあらためて聴き直しても、『音楽の捧げもの』の解釈や表現が綿密に熟慮されているだけでなく、真新しいまでに瑞々しく感じられるのは驚きである。リフシッツはもちろんモダンピアノで演奏しているのだが、もはや難曲への挑戦というような次元ではない。そのたびごとに生きられてきた演奏だからこそ、聴くたびに私たちに音楽を生きる清新なプロセスを運んでくるに違いない。それがバッハの晩年になおも強く春を引き寄せる。

 コンスタンチン・リフシッツはまさしく芸術家肌という風情で、演奏ごとに激しく揺れ動く才気をみせる。それは、とても人間的で、非常に劇的に、その場で湧き起こるものだろう。リフシッツは目前から広がっていく音楽宇宙に専心する。よくよく吟味し、周到に練り上げたうえで、なお新たに音楽の時を生きるために。

 長い歳月をかけた彼のバッハ探求の経験が、近年は表現や情感の大きさだけでなく、内省的な思索の深みをさらに加えているように思える。それが才気渙発な驚きを超えて、リフシッツのバッハをなんどでも新しく聴くように促すのだろう。
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