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雲がかっこよかった。--霧島国際音楽祭をたずねて

雲がかっこよかった。--霧島国際音楽祭をたずねて

霧島国際音楽祭をたずねて (2022年8月5日~7日、みやまコンセール)
  • 青澤隆明
    2022.08.10
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 霧島をたずねた。なんと8年ぶりのことだった。いったいぼくは、あれからなにをしていたのか。霧島国際音楽祭はしかし、その間も着実に回を重ねていて、この夏で43回目。今回ぼくは最後の3日間だけ滞在したが、わずかに雨は落ちたものの、ほぼずっと快晴と言ってよかった。夏がここに心地よくやってきていた。

 鹿児島空港についてまず思ったのは、緑がやわらかいことと、雲がかっこいいこと。そんなのあたりまえすぎて、地元の人に言ってもぽかんとされるだけだが、ほんとうにそうなのだ。ということを思い出し、眩しい気持ちになって、メイン会場のみやまコンセールに到着した。PCR検査の陰性証明を携えて現地入りしたが、結果的に音楽祭の全期間を通じて、ただひとりの陽性者も出なかった、と最終日に主催者が安らかに報告されていたが、ほんとうによかった。

 霧島はまさしく温泉が湧くように、自然や音楽が育ち、循環する風土に違いない。今年で生誕100年、亡くなって早くも10年になる創始者のゲルハルト・ボッセさんは間違いなくその熱風の源泉だろう。現音楽監督の堤剛さんや、常連のエリソ・ヴィルサラーゼさんをはじめ、みなさんとてもやわらかな表情で話している。なにより霧島の心地よいところは、生徒たちが先輩や先生となって、またここに帰ってくることだ。時代が急くようになっても、世代を交わすように、それぞれに豊かな時間をみつけにやってくるのだろう。

 さて、コンサートのことなどは、またレポートを書く約束があるので、まだここには記さないけれど、コンサートの合間には、旧知の方々と話をして、あとはぼんやりと雲を眺めていた。風に流されて、雲のもようは黙々と変わるので、いくらみていても飽きることはない。時おり楽器の練習の音や人々の話し声が聞こえてくることを含めて、とても静かでゆったりした夏の午後だった。日が翳って、また晴れて、つよく日が射して、それをまた雲が覆って。

 時間というのはこういうふうに流れていくものなのだ、ということを、いまさらのように思い出していた。そして、こどもの頃はずっとこんなふうだった、と思った。ぼくはここで育ったわけではないけれど、それでもこうしてぼうっと空と雲を眺めていると、それはそう遠い日、見知らぬ場所での出来事ではないような気がした。

 音楽がたくさんたくさん演奏されたあとの静けさに、夏のそよ風はやさしかった。それは、霧島のあたたかく、やわらかな風だった。人と人の間にも、つまりは学ぶ人、教える人、聞く人、支える人の間にも、そうした風がきっとずっと吹いてきたのだと思う。時代は移ろい、いろいろなことが変わっても、霧島の自然は偽らない。厳しく、温かく、激しく、優しく。これまでも、いまも、これからも。
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