I’ll Remember April -春の晴海の山下洋輔

I’ll Remember April -春の晴海の山下洋輔

山下洋輔 ソロピアノ・コンサート (2021年4月3日、第一生命ホール)
  • 青澤隆明
    2021.04.06
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 春といえば、「山下洋輔 ソロピアノ・コンサート」。昨年は夏に延期となり、コロナ禍のせいで一年の計がだいぶずれたことになるけれど、今年は桜を追うように、正しく4月3日に開催された。

 昨年制作された久々のピアノ・ソロ・アルバム『クワイエット・メモリーズ』のリリース記念ということで、そこからの楽曲がたくさん演奏された。『レゾナント・メモリーズ』、『スパークリング・メモリーズ』と続くメモリーズ・シリーズの第3作で、ここまでに早いもので20年の歳月が流れている。しかも本作は、山下洋輔の演奏活動60年の記憶を籠めるように、「ミナのセカンドテーマ」から「キアズマ」、「寿限無」、スタンダードも、もちろん新曲も含むものだ。つまりは、激烈な強さもまた静けさのうちに想起されるということだろう。

 コンサートは「コミュニケーション」で劇的に幕開けし、2曲目に「Thought of Beatrice」、それから新曲「ピロリー」を経て、新しいバラード「Where Are You Now?」が弾かれて、山下洋輔のピアノの独特のリリシズムが美しく息づく。硬質に澄みきったリリシズムというのか、ぼくはこれが若い頃から大好きで、ずっと憧れをもって聴いてきた。

 フリーのジャズやインプロヴィゼーションでは他の楽器と決闘のように拮抗したり、そうでなくてソロでも怒涛の激烈さをもつパッセージを弾きまくるピアニストではあるけれど、そうした無数の音の騒乱のさなか、いよいよ清らかに冴える音がリリカルな光彩を体現し、それが静かにすっと立っている。それは、決して湿っぽくなることなく、きっとして芯を捉えるのである。

 高音を撒き散らす「竹雀」で快活に前半をしめくくると、後半はまずスタンダードから。昨日、村上“PONTA”秀一さんのお墓参りをしてきたところだと話し、トリオでの思い出を簡潔に語ってから、静かに弾かれた「I’ll Remember April」の美しさ。その後に「Tea For Two」を続ける優しさ。そこから、「ミナのセカンドテーマ」を遡って採り上げ、赤とんぼやふるさとをたずねつつ「仙波山」に入って、「ボレロ」で結ぶ大団円。アンコールは「さくらさくら」。

 多彩な曲を通じてピアノ演奏は快調で、潤沢な響きに生命感を宿していて、この日とても伸びやかに感じられた。そうして、いつまでも思い出すのは、やはり山下洋輔のピアノに特別な、あの研ぎ澄まされたリリシズムだ。つまり、
 私はさびしくなんてならない、4月と彼のピアノを思い出すから。
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