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オクターヴのために

オクターヴのために

フランスのピアニスト、ベルトラン・シャマユと、眠れない夜。CD◎Bertrand Chamayou “Good Night” (Erato/Warner)
  • 青澤隆明
    2020.10.22
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 きのうの話のつづき。実際にラドゥ・ルプーが口にしたのは、“October…Before November.”という言葉だった。Octoberは文字どおり8番目の月、ということで、ローマの古い暦にそって3月はじまりで数えるとそうなる。そして、Novemberはもちろん9つめの月だ。

 Octaveというのもおなじ8番目というところからきて、8度の音程をさしている。それで、やはりきのう聴いていたアルバムのなかに、‘Song For Octave’という曲がひそやかに響いていたのを思い出した。

 ベルトラン・シャマユの“Good Night!”という最新アルバムで、今年の3月にフランスの教会のゆったりした響きの空間で録られたものだ。ショパンやリストだけでなく、かなり凝った、それでいて私的なセレクションを慈しむようなアルバムである。出自も異なる16曲を、シャマユの手の内で、次々に織りなしていく。いま数えてみたら、ブライス・デズナーのその歌は、全16曲の折り返しとなる9曲目に収められている。グリーグとブゾーニの間に流れる彼のソングは、子守歌が多く集められたアルバムのなかで、いちばん新しく書かれた音楽だ。

 ‘Song For Octave’は、ブライス・デズナーが2000年の初めに書いたばかりの曲。なにかのエテュードではなくて、簡明で美しいララバイである。タイトルから想像されるような、サティふうのユーモアでもなさそうだ。このアルバムのために書き下ろされた曲であり、なによりもまずオクターヴという作曲者の愛息のために書かれたと、ピアニストはライナーに記していた。シャマユのピアノは、透明感のある響きで、シンプルな曲の澄んだ光を掬いとっている。

 眠れない夜、そして眠らない夜。眠りのなかでも、外でもなく、その浅瀬をたゆたうようにして、このアルバムを聴いていると、その後にみる夢のなかで、ぼくはどんな音楽を聴いているのだろう、と思ったりする。けれど、きっとなにも覚えてはいられないのだろう。
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