ふつうでないなか、ふつうのことをかなえる。-小林研一郎指揮 読響のモーツァルトとベートーヴェン

ふつうでないなか、ふつうのことをかなえる。-小林研一郎指揮 読響のモーツァルトとベートーヴェン

◎読売日本交響楽団 特別演奏会 指揮:小林研一郎 ヴァイオリン:三浦文彰 (2020年7月21日、サントリーホール)
  • 青澤隆明
    2020.07.28
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 読響7月の《特別演奏会》のしめくくりは、協奏曲を前半においたフル・コンサートのスタイルで、特別客演指揮者の小林研一郎が指揮するモーツァルト&ベートーヴェン。コンチェルトではなかなか距離が開けにくいとしても、指揮者がマスク着用のままで前後半を通したのはちょっとした驚きだった。かといって、どうこう言うことでもない。80歳のご高齢でもあるし、安心して演奏できることがなにより重要なのだろう。

 モーツァルトのヴァイオリン協奏曲K.219、後半がベートーヴェンの交響曲第7番op.92というイ長調プログラム。オーケストラが瑞々しく、小編成でも充実した響きを奏でるなか、三浦文彰のヴァイオリン独奏がしっかりと聴かせた。ベートーヴェンの第7番も大きなつくりで、腰を据えて歩む。小林研一郎の指揮の明快な表情づけが、安定した構えに情熱を籠めていった。コンサートマスターの日下紗矢子をはじめ、アンサンブルをきちんと築こうと集中するオーケストラの意志がつよく伝わってきた。

 アンコールは小林研一郎お得意の「ダニーボーイ」。アイルランド民謡の素朴な旋律が中低音域からじっくりと歌い上げられると、その弦の響きの厚みが感情の濃さとして、ダイレクトに胸に迫ってきた。正直に明かすなら、ぼくにとってのこの日のハイライトはやはりこの歌ということになる。まっすぐに熱く歌い込まれて、ほんとうにいい響きだった。

 もっともふつうで保守的とみられる名曲プログラムを3本の 《特別演奏会》のしめくくりにもってきた読響は、平時よりもさらに穏やかな平時への回帰を祈るようにみえた、というふうにも言える。奏者の距離を広めに保ちつつ、というのはいまのオーケストラの地力あってこそのことだが、読響はどの指揮者のもとでもまとまりある響きをかなえていた。
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