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ラヴェルが指揮した自作 - 中庸と実験のボレロ [Ritornèllo]

ラヴェルが指揮した自作 - 中庸と実験のボレロ [Ritornèllo]

いまから90年前、1930年の1月に、もしパリにいられたら。ラヴェルがコンサートで指揮するボレロを聴けたかもしれない。それはどのようなものだったのか。残された録音が伝えるものは・・・。
  • 青澤隆明
    2020.01.13
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 ラヴェルの「ボレロ」は、イダ・ルビンシテインのバレエ一座が、パリ・オペラ座で初演した。1928年11月22日のことだ。その公演はワルテル・ストララムが指揮して、ほかにはオネゲルの編曲したバッハと、ミヨーが編曲したシューベルトとリストが演奏された。ラヴェルの「ボレロ」では座長イダ・ルビンシテインが自ら踊り子を主演して、初演から好評を博した。アレクサンドル・ブノワの美術と衣装で、振付はブロニスラヴァ・ニジンスカ、かのニジンスキーの妹である。その初演を観た人々のなかに、若きレヴィ=ストロースも、ル・クレジオの母もいた、という話はこのまえに記した。

 さて、イダ・ルビンシテインは、劇場で3年、演奏会場では1年の間、独占的に上演する権利を契約で有していた。ということで、コンサートに関しては、ラヴェル自身がコンセール・ラムルー管弦楽団を指揮した1930年1月11日のパリ、サル・ガヴォーでの初演を待つことになった。それで、ぼくもこの記事をその90年後、2020年の1月11日にアップしようと思っていたのだが、日々のことにかまけているうちに少しだけ過ぎてしまった。まあ、90年間という歳月からすれば微々たる誤差ではあろう。

 ラヴェルはそのコンセール・ラムルー管弦楽団を指揮して、「ボレロ」の吹き込みも同時期にしている。ラヴェルの演奏は、中庸なテンポで機械的に貫かれている。縦はぴしっとミシンの刻みを思わせる性格がありつつ、なにかに煽り立てられるなかでも節制を保っているようにみえるが、旋律は悠長というか、どことなくのどかで、ちょっと緩く官能的と言えなくもなく、それが録音上の回転によるものなのかはよくわからないけれど、不思議な時空のゆがみをつくるように聴こえる。もっとも、もともとバレエが踊り子の動きをとった身体性を思えば、リズムは正確に単一を期しても、旋律のほうはいくら機械を模してもメカニカルなものとはならないだろう。たとえ、ラヴェルがこの曲に工場の連想を重ねていたとしても。

 ラヴェル自身は、『ボレロ』にはオーケストラの扱いは簡素でわかりやすく、『こどもと魔法』とは好対照で、名人芸を用いたところはいささかもない、と述べている。その意味ではこの録音に聴く自作自演も簡明で、いささか冗長とも感じるが、だとしても自身が述べた17分という時間よりも短く、16分やそこらの長さである。吹き込みによる録音時間の制約が関係したのかもしれないけれど。それでもリズムは毅然としているが、急いた感じはあまりしない。感じようによっては、終盤は煽られているような気がしなくもない。
 
 どこかのどかな感じを覚えるのには、少々田舎風というか田園的な響きが関係しているような気もする。いまの耳にそう聴こえるのは、ヴィブラートをほとんど活用していないということにもよるだろう。この年代の演奏らしく、とみることもできるし、それよりもラヴェルの嗜好からしてそうなるとも考えられる。テンポが中庸なうえに、こうしてサウンドがドライというか、からっとしているのは、ラヴェルが「ボレロ」を実験とみなしていたことによく繋がっているように思える。
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