待たせたな、とベートーヴェンは言った。- 渡邊一正指揮神奈川フィル、清水和音の「エンペラー」 

待たせたな、とベートーヴェンは言った。- 渡邊一正指揮神奈川フィル、清水和音の「エンペラー」 

《フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2020》神奈川フィルハーモニー管弦楽団 指揮:渡邊一正、ピアノ:黒木雪音 、阪田知樹、清水和音、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調op.15、第4番ト長調op.58、第5番変ホ長調op.73「皇帝」
  • 青澤隆明
    2020.09.14
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 ベートーヴェンを特集した《フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2020》、この日の午後はピアノ協奏曲を3曲まとめたコンサート。第1番ハ短調op.15を若い黒木雪音、第4番ト長調op.58を阪田知樹、第5番変ホ長調op.73を清水和音が弾いた。ピアニストでもある渡邊一正が神奈川フィルハーモニー交響楽団を指揮して、20代の2人をていねいにサポート。第5番では合わせることよりも協奏的な表現へと向かった。世代も異なる3人のソリストが華やかに競演、というのは企画のコンセプトとしてはわかりやすいが、演奏内容がそれぞれに充実していないことには、曲ごとの性格も際立ってはこない。全体としてはけっこうな長丁場にもなるし、やはりまず人ありきの話だ。

 第5番「皇帝」で清水和音が登場して、ピアノがしっかりと鍵盤を駆け上がった途端、ようやくベートーヴェンが登場した、というずっしりとした感動があった。音の深みや表現の奥行きがこれまでとは別世界だ、ということは、たとえ初めてコンサートを聴いた人であっても直ちにわかってしまうものだろう。ベテランの経験の重みというだけではもちろんなく、ベートーヴェンをどれだけ直視しているかという姿勢の表れでもある。根本が違う。芯のしっかりした力強さも自然な息づかいも、作品の求めにそって、リリカルな美質と剛毅な重量を湛えている。弾き手によってピアノの音が変わるのは当然として、オーケストラの響きも大きく変わってくる。ここへきてオーケストラにようやくシンフォニックな表現も出てきたが、それもまたこの曲を待たずとも、本来ベートーヴェンには不可欠なことだ。
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