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非日常の音楽を日常的に叶える仕事 - 飯守泰次郎と東京シティ・フィルの向かう王道 

非日常の音楽を日常的に叶える仕事 - 飯守泰次郎と東京シティ・フィルの向かう王道 

《フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2020》東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 指揮:飯守泰次郎、 ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲、ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ハース版) (2020年8月7日、ミューザ川崎シンフォニーホール)
  • 青澤隆明
    2020.09.14
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 現場的な制約が多い目下の状況下で、つまりソーシャル・ディスタンシングを意識してのステージで、はたしてワーグナーやブルックナーの音楽世界をつかむことはできるのだろうか。もしかしたらそれは、蛮勇とも言える果敢な挑戦なのではないか--。という実験的な興味と同時に、そろそろこの手のレパートリーが堂に満ちるのも聴きたい、という単純素朴な欲求に駆られて、ミューザ川崎に足を運んだ。《フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2020》でぼくが聴く、最後のコンサートとなる。

 「巨匠が振るドイツ音楽の至高」という惹句のとおり、桂冠名誉指揮者たる飯守泰次郎が東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を指揮して、ワーグナーの『タンホイザー』序曲とブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」を聴かせる演奏会。コンサートマスターは戸澤哲夫。当日の職場環境からみていくと、弦を12型(12-10-8-6-5)の編成に絞ったものの、舞台上のマナーはふだん通りのようで、奏者の距離感もマスクがないのもごく自然な姿に近い。作品の求めに応じた様式という感がふつうにある。信頼の篤いこの指揮者とオーケストラにして、ふだんから目指していることを堂々と続けよう、という構えにみえる。そうでないことには、ワーグナーもブルックナーもないのだろう、少なくともこのマエストロの指揮では。

 『タンホイザー』のコラールが鳴り響いた途端、ここはまったく日常とは別の神話世界であると感じた。扉の開けかたからして達者なものだ。それも、大編成でないからなおのこと轟音ではなく、柔らかな精妙さで荘厳を表す、という精神である。ブルックナーの第4番でも確信に充ちた明晰さで、声部や形式を織りなしつつ、泰然として悠久の時間を歩む。飯守の指揮には、陰翳は深めても無駄な力みがなく、独特の漂泊感がある。アンサンブルは粗いし、ソロにも事故は起こったが、泰然と船が進んでいる以上、積み荷の崩れや波の砕けにばかり気をとられる必要もない。仕上げが命ということでもなく、そもそも洗練を目すのではなく素朴な情趣に向かっているようにも思える。

 舞台上の編成や配置以上に、公開演奏会を再開したばかりの東京シティ・フィルの準備不足は随所に露見されてしまったとはいえ、このプログラムでフェスタに臨んだことを、蛮行とばかりは言えないだろう。「非日常の音楽を、日常的に復活させる」という剛胆な取り組みに充分な力は発揮できていなかったにしても、敬愛する作品に向かうと意志と理解は伝わってきた。ずっしりした音楽会を聴けた、という喜びは、そこから素直にやってくる。話を頭の問いに戻すなら、現実や実際の調子がどうであれ、指揮者とオーケストラの目指す理想は変わらないということだろう。作品理解が変わらないのだから、当然のことである。この日、客席のぼくには、それが力強い勇姿にみえた。
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