鬼気迫るアシュケナージ

鬼気迫るアシュケナージ

◎CD “Recital of Vladimir Ashkenazy-Recorded at the Grand Hall of the Moscow Conservatory on July 9, 1963” (Melodiya)
  • 青澤隆明
    2020.02.01
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 ウラジーミル・アシュケナージの演奏活動引退が先頃発表された。それで改めて、いくつかピアノのレコーディングを聴き直した。満ち足りた音楽、という感慨がやはり大きいアシュケナージのピアノだけれど、なかには異様な緊張感と迫力をもったライヴ・レコーディングがある。

 1963年6月9日、モスクワ音楽院大ホールでのリサイタル・ライヴだ。つまり、チャイコフスキー・コンクールで1位を得た翌年、25歳のアシュケナージが、亡命を敢行する一週間前に行ったコンサートである。あまりにも凄まじく緊迫した演奏で、聴いたあとはしばらく茫然として、仕事もなにも手につかなくなってしまった。
 
 幕開けが「テンペスト」というのも怖ろしい。低音からの叩きつけるような強音での上行を聴き、しかも録音のせいもあるのだろうが、その音がつんざくように刺々しく尖って、ほんとうに痛切に迫ってくるのだ。ベートーヴェンはこのニ短調の「テンペスト」op.31-2に続いて、変ホ長調ソナタop.31-3が演奏されるのだが、これがまた緊迫感はそのままに、圧巻の出来栄えを示す。ベートーヴェンの劇的激情や革新性をいうなら、こういう演奏こそが否応なくその果敢な意志の強度を顕わしている。それから、ショパンのバラードがまとめて弾かれるが、これも「アシュケナージのショパン」としてふだん想像されるものとは激しく趣が違う。ショパンの生きた時代の激動とも共振するところが大きいように思える。

 後のぼくたちが知る、あるいは知っていると思いこんでいるアシュケナージとはまったく異なる容貌の、鬼気迫る精神が剥き出しに立ち上がっている。焦燥とも苛立ちとも怒りとも不安ともつかない不穏な緊迫感が終始漲り、攻撃的なまでに鋭利な表現が容赦なく突き刺さってくる。特別な時点を捉えた迫真のドキュメントではあるが、こうした凄絶な時節を生き延びたからこそ、亡命後のヨーロッパで温められたあの音楽があったのだと思うと、ほんとうに胸が詰まる。
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