花火 ろ -エルヴェ・ニケ、へンデルとシャンボール城

花火 ろ -エルヴェ・ニケ、へンデルとシャンボール城

季節のうた、夏。花火と野外音楽祭。
  • 青澤隆明
    2021.08.27
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 去年の夏、どこにもでかけることのないまま、くすんだ日々の続きのなかでみた花火は、小さな画面のなかに切りとられた、数年前のフランスの映像だった。部屋にいて、ちょうどこのmedici.tv JAPANのコンサート映像で眺めたのだった(いまも観られるみたい)。

 それは「王宮の花火の音楽」の、由緒正しいというのか、打ち上げ花火つき上演だった。この場合の王宮は、フランス北中部ロワーヌ渓谷にあるシャンボール城。そこには水辺もあって、おなじヘンデルの「水上の音楽」がまず、合奏協奏曲を交えて演奏されていった。夕方が夜に傾き、あたりが暗くなった頃合いで、「王宮の花火の音楽」が聞こえてくる。

 鬼才といってよいだろう、エルヴェ・ニケがコンセール・スピリチュエルを率いて行った「シャンボール音楽祭2016」のオープニング・コンサートのことだ。彼らのヘンデルの祭典は、フランス盛期バロックの立役者シャルパンティエの作品を導入としていた。その幕開けのトランペットからして、ピリオド楽器の典雅な響きで聴くと、よりしっくりと自然に馴染む風合いに思える。

 曇り日ではあったが、青空ものぞいていた。美しい自然のなか、人々もそう多くはなく、ゆったりと集まって、音楽の響きを聴き、あたりを見回し、夏の空を見上げる。野外コンサートの開放感と、夏の宵の気配は独特だ。狭い部屋にいても、そのことはわかる。花火のほうは、日本の夏に育ったぼくたちには、ちょっとさびしいものに感じられたが、それだけすきまがあるのもまた情緒である。なにより音楽をかき消すこともないし、偶発的な感じが自然に感じられた。

 四季がますます狂ったように乱れながらもひとめぐりして、また夏がやってきた。やたら暑いだけの日の夕方、ぼくは行ったこともないシャンボールで嗅いだ、あのときの煙のにおいを思い出していた。
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