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ユロフスキをよろしく。

ユロフスキをよろしく。

自らの喜びとささやかな誇りのために、スタジアムやコンサートホールに通い続ける人たちがいる。むかしひとり旅のロンドンで、音楽を聴きに行き、たまたま出会った老夫婦のことを、ぼくはときどき思い出す。ウラディーミル・ユロフスキがロンドン・フィルハーモニックとの良い関係を深めつつあった2005年の冬の話である。
  • 青澤隆明
    2019.12.27
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 12月もいよいよ終わりに近づいて、プレミア・リーグの首位決戦ともなったアウェーでのレスター戦。リヴァプールは攻守に素晴らしいゲームを貫いて、ボクシング・デイに4-0の勝利をくれた。大量得点にクリーン・シートという意味でも、今シーズンの際立った成果と言える。うれしいし、誇らしい。

 さて、数日前にイングランドのフットボールクラブとオーケストラの地元サポーターのことをここに書いたが、そのとき思い出したエピソード、というか個人的な思い出があった。2005年12月に、ひとりでロンドンを訪ねて、一週間に6本のコンサートを聴き、たくさんギャラリーをまわったときの話だ。

 ロンドンに行くなら、ウラディーミル・ユロフスキをぜひ聴くといいよ、という人もあったので、ロンドン・フィルハーニックのコンサートをあたったけれど、チケットは手に入らず、当日券を求めて並ぶことにした。本拠地のサウスバンク・センター、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでの定期演奏会で、ユロフスキはこのときまだ首席客演指揮者だった。2年前にこのポストに迎えられ、2年後の2007年には首席指揮者に就任した、そういうタイミングである。

 その日は、当日券の売り出し前から、チケット・カウンターに5人くらいが並んでいた。ぼくを含めて、みんなてんでばらばらな感じのひとり客。ということで、数枚しか出なかった当日券をぎりぎりでなんとか手に入れることができた。ほっとした。
 
 コンサートも無事聴けたことだし、休憩時間に、コーヒーでも飲もうと思った。ここ、合い席いいですか、と老夫婦に声をかけたのだったか。それともカウンターで並んでいるときに声をかけられたのだったか。ご馳走するよ、とご主人に言われて、仲の良そうな奥さんといっしょに小さな白いテーブルを囲んだ。

 きみはよくここにくるのか、音楽が好きなのか、どこからきた? 仕事はなにをしている? というふうにゆるく聞かれたので、ぼくもすっかりリラックスして、東京からきて、せっかくだからユロフスキを聴こうと思った、音楽についてなにかしら書くことを仕事にしている、というふうにちょっとだけ話した。

 すると、ご主人のほうが満足げにうなずきながら、わたしらは専門的に音楽がわかるわけじゃないが、この指揮者はいいだろう、とやわらかな笑顔で言った。
 ええ、これからが楽しみですね、とぼくは正直に答えた。そうかそうか、とご主人は顔を明るくして言葉を継ぐ。
 ユロフスキは父さんもよかったが、息子のほうもなかなかいい、かっこいいしな。日本でもよろしく紹介を頼むよ。

 とくに音楽に詳しいからということでも、いわゆる愛好家どうしの会話でもない。たまたまひとりできた東洋の若者をみかけて、ひとつコーヒーでもご馳走してやろうじゃないか、という老夫婦のやさしさである。演奏がいいとかわるいとかいうのではなくて、ただうちのオーケストラの大事なエースだからな、というのがその心情の核となっている。
 まさにホーム・サポーターの心である。トレントやロバートソンがトップチームで出てきたとき、うちに意気のいい素晴らしい若手がいてな、と誇らしげに語っていたリヴァプール・サポーターとたぶん変わらない。
 
 わざわざ東京から聴きにきたのだとわかって、ご夫妻はたいそうご機嫌そうな模様だが、ユロフスキはおろか、オーケストラ関係者の誰ひとりそんなことは知らない。ただ、彼らのようなロンドン市民が、ロンドンのオーケストラを長年ふつうに、細々と支えてきたというのは、誰にとっても明らかなことだろう。そのときぼくは、こういうふうに続いていくのだ、と思った。誰も知らないところで、誰にもなにも強制しない愛情と敬意がずっと保たれているかぎり。

 そうしてふと思ったのだけれど、自分が東京のオーケストラが演奏するホールで、見知らぬ海外からのヴィジターにそんなふうに話しかけることができるかというと、はなはだ心もとないように感じた。それはたぶん、いまもあまり変わってはいない。かれこれ15年が経って、ぼくもそのぶん歳をとり、東京のオーケストラがずいぶんとうまくなったと思えるいまでさえ。もう少し歳をとって、いい感じのじいさんになったら、ぼくもそんなふうになれたりするのだろうか。
 
 それで、ウラディーミル・ユロフスキはといえば、ロンドン・フィルハーモニックを率いて2017年10月にようやく初来日をした。日本でもCDがたくさん出た。今年2019年春には、首席指揮者と芸術監督を務めるベルリン放送交響楽団とも日本ツアーを行った。

 あのときのおじいさんとおばあさんのことは、名前も知らなければ、お顔ももうあまりよく思い出せないのだけれど、おふたりがいまもご健在で、晴れた週末にはサウスバンクでコーヒーや紅茶を飲んでいてくれたら、ほんとうにいいな、と心から思う。それでこれを書きました。
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