万能と喪失

万能と喪失

2023年コンサートの聴き初め。◆読売日本交響楽団 第254回土曜マチネーシリーズ 指揮=山田和樹 ピアノ=イーヴォ・ポゴレリッチ (2023年1月 7日、東京芸術劇場)  ◆チャイコフスキー:「眠りの森の美女」 から“ワルツ”、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18、チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 ロ短調 作品58
  • 青澤隆明
    2023.01.10
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 2023年のコンサートの聴き初めは、イーヴォ・ポゴレリッチ。1月7日のコンチェルトに続いて、次の週にはリサイタルを2本ほど聴くつもりだから、いかにも重たげな年明けである。

 というような書き出しは、ピアノ好きのわがままだが、そもそも間違っていて、山田和樹が指揮する読売日本交響楽団の年初めの演奏会なのだ。山田和樹と読響の充実ぶりが改めて大きく堪能された。

 プログラムはチャイコフスキーとプロコフィエフの組み合わせの予定が、昨秋にはピアノ協奏曲がプロコフィエフの第3番からラフマニノフの第2番に変更されていた。年初に聴くハ長調のつもりが、ハ短調になって昏い始まり。演奏会後半の「マンフレッド交響曲」ではロ短調に一段下りる。

 はじまりに、チャイコフスキーの『眠りの森の美女』の「ワルツ」が分厚い弦で鳴り響くと、年末年始を経て9日ぶりに聴く生のオーケストラでもあったし、ホールが東京芸術劇場ということもあって、読響の音の質量がなおさら逞しく迫ってくる。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番では、ポゴレリッチが近年の復調ぶりを保って、総じて快速に弾き進んでいった。かつてとは打って変わって、演奏時間にして33分ほど。それでも、鋭利で強硬な音の極端な打ち出しなど、彼独特の音響表現の性格づけは変わらない。意図的に緩急をつけ、意表をつく突き出しもある。それも、おそらくは演奏の都度仕掛ける場所が即興的にも変わるのだろう。山田和樹はそうした誇張も最大限尊重しつつ、独奏者の意図に巧みにつけていった。ポゴレリッチが重視する急所では、オーケストラを煽動的に切り立てつつ、鋭利な表現でソロに食らいつくようにして。

 演奏会後半のチャイコフスキーの『マンフレッド交響曲』は、山田和樹の求心力が見事に発揮された堂々たる演奏だ。曲のナラティヴを巧みに活かし、豪勢な響きで多様な場面を力強く劇的に描きぬいた。ストレートで、ギミックなしに。だから、孤独や寂寥がかえって濃く張り詰める。スヴェトラーノフの採った版に準じて、冒頭楽章終結部の回想をもって、全曲が力強く結ばれた。

 プログラム全体として、チャイコフスキーの安定のパンに、ラフマニノフでのポゴレリッチの違和がギラリと挟まったサンドウィッチ、というようなコントラスト。協奏曲と交響曲では指揮者の仕事は強く対照的だったが、コンサート全体のプロセスとしてしっかりと一枚岩で結ばれる雄渾な流れだ。新年早々、意志に漲る引き締まった演奏を聴いた。
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