柴田克彦の音楽日記をイッキ見

このコンビでこそ!の得難い音楽体験 <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート5>い記事


柴田克彦 / 更新日:2023年7月31日


鈴木秀美指揮/山形交響楽団 2023年 7月30日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 地方オーケストラの参加も近年の当音楽祭の特徴の1つ。今年はこの山形交響楽団と、大阪の日本センチュリー交響楽団(8月8日)が公演を行う。山形響は首席客演指揮者の鈴木秀美のタクトで、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(独奏は石上真由子)と、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」を披露。古楽の雄・鈴木&以前からピリオド楽器の一部採用を推進してきた山形響の面目躍如たるプログラムだ。

 かなりコンパクトな編成(8-7-5-5ー3だったか)で、ホルンとトランペットはナチュラル、ティンパニも、後半のトロンボーンもピリオド系の楽器を使用。にもかかわらず、豊潤な響きが生み出される。これはホールの良き響きも味方しているであろうが、栄養不足をまるで感じさせないのが素晴らしい。それゆえ、昨日のN響とは全く異なる質感を満喫できた。これもまたこの音楽祭ならではの楽しみだ。

 ベートーヴェンの石上のソロも大まかにはその方向に沿ったもの。松﨑国生なる人物のカデンツァをはじめ、ユニークな場面も多々あったが、基本的にはまっすぐな美音で表情豊かなソロを展開し、終始耳を惹きつけた。面白かったのは、鈴木が生み出す張り詰めた空気感。特に、かくも息を呑むような第2楽章は初めて聴いたと言えるほど。その分、第3楽章の弾みが開放感を生み出す。トータルでみれば、なかなか興味深いベートーヴェンだった。

 後半の「ザ・グレート」は、繰り返しが(おそらく)全て励行される。第1楽章は、まず冒頭のナチュラル・ホルンがスリリングな趣。主部は快速テンポで爽快かつ迫力十分だ。第2楽章も、速めのテンポでキビキビと運ばれる中に、自然な歌が盛り込まれていく。第3楽章は、編成も相まって、スケルツォらしい軽さをいつも以上に感じさせる。同楽章と第4楽章は、繰り返しの連鎖がいつ果てるとも知れぬ感覚を生み出す。それはまるでミニマル・ミュージック。とはいえ、全体的にはリズムとカンタービレが共生した好演といえるだろう。

 鈴木秀美と山形響の相性の良さ、そして両者が創造する音楽の妙味を思い知った公演。東京(会場は川崎だが)にいて、こうした演奏に触れることができるのは実に嬉しい。

重厚なN響サウンドは今も健在だった。しかも皆上手い!<フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート4>


柴田克彦 / 更新日:2023年7月30日


キンボー・イシイ指揮/NHK交響楽団 2023年7月29日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 満席の中で行われたNHK交響楽団の公演。指揮はキンボー・イシイ、プログラムは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(独奏はマルティン・ガルシア・ガルシア)、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」というロシア物である。この公演の模様は、ミューザ川崎の「ほぼ日刊サマーミューザ」(紙面とWeb。30日に掲載済)と毎日新聞の「毎日クラシックナビ」(Web。こちらは少し後に掲載)に書くので、ここでは簡潔に。

 まず感じたのは、N響の豊麗で重厚な響きと各奏者の上手さだ。今さら言うことでもないが、このホールで異なるオーケストラを続けて聴くと、そのことを強く再認識させられる。ガルシア・ガルシアのピアノは、陽性でダイナミック。従って、ラフマニノフの協奏曲は、重層的なオーケストラのうねりと、それに負けないピアノが織りなす、豪壮で明朗な演奏となった。後半の「シェエラザード」は、豊かな響きと各パートの名人芸の連続技。コンサートマスター郷古廉のヴァイオリン独奏が、ソリストの際の演奏に比べると控えめで、オーケストラの一員色が強かったのは、些か意外だったが、それでもやはり技術は完璧で表現は実に繊細だ。他のパートのソロは、皆滅法上手く、雄弁で前に出てくる。この見事な名人芸を聴くだけで愉しくなってくるし、イシイも、オーケストラの特質を生かしたてらいのない表現で、楽曲の魅力を満喫させた。

 音響の良いホールでN響の底力を改めて実感した公演。こうした経験ができるのも、当音楽祭の魅力の1つだ。

ダイナミックな音楽と弦の素晴らしさに酔いしれる! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート3>


柴田克彦 / 更新日:2023年7月29日


大野和士指揮/東京都交響楽団 2023年7月28日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 音楽監督の大野和士&東京都交響楽団。本日もシェフの登場だ。これはもっと評価されるべきこの音楽祭の美点と言っていい。プログラムは、ニールセン、グリーグ、シベリウスと揃った北欧物。夏に相応しいと同時に、当コンビで聴く機会は意外に少ないと思しきラインナップである。こうしたプログラムの実現も、ノット&東響のチャイコフスキー同様、当音楽祭ならではの妙味だ。

 1曲目、ニールセンの狂詩曲風序曲「フェロー諸島への幻想旅行」は、かなりレアな作品。筆者も生では初めて聴くのだが、情景の変化が巧みに描出された好演のおかげで、思いのほか楽しめた。2曲目はグリーグのピアノ協奏曲。ミュンヘン国際音楽コンクール第3位受賞の久末航が独奏を務める。彼のピアノは終始ダイナミック。些か一本調子かと思わなくもないが、第3楽章を筆頭に、明確・闊達な演奏で力を示した。後半はシベリウスの交響曲第2番。冒頭部分で事故があってヒヤリとしたが、その後はこれまたダイナミックな演奏が続く。終始ハイテンションで、大きな抑揚を絶やさずに進む、ある意味珍しいシベリウスは、オペラが得意な大野のドラマティックな特質が反映された個性的な熱演と言えようか。

 しかしながら本公演で最も感心したのは、都響の弦楽器陣の素晴らしさだ。豊麗で重層的かつ一体感があり、しかもニュアンスに富んだサウンドは、オーケストラとの距離が近く、響きも良いこのホールで聴くと、いつも以上に魅力的に感じる。特にニールセンの出だしやグリーグの第2楽章における“豊かな静けさ”とも言うべき弱音は、並のオーケストラではまず出せないもの。これは本日最大の収穫だった。
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