柴田克彦の音楽日記をイッキ見

活性化したパフォーマンスが、今後へのさらなる期待を抱かせる。 <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート11>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月23日


沼尻竜典指揮/神奈川フィルハーモニー管弦楽団 2023年8月10日  ミューザ川崎シンフォニーホール



 地元・神奈川フィルは、音楽監督・沼尻竜典の指揮で、オネゲルの「夏の牧歌」、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番(独奏は辻井伸行)、R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」という意欲的なプログラムを聴かせた。

 沼尻は、2022年4月の神奈川フィル音楽監督就任以来、ショスタコーヴィチの交響曲第7、8番や、先だってのR.シュトラウスの歌劇「サロメ」(セミ・ステージ形式)など、オーケストラの機能とスケール感を数段アップさせた名演を展開している。オーケストラも全体に生気を増し、音楽が活性化しているように感じる。本日もそうした上昇機運にあるコンビの今を反映した活気溢れる演奏が繰り広げられた。

 最初のオネゲル「夏の牧歌」では、デリケートな響きで涼やかな空気感が創出される。1管編成ゆえに各々単独の管楽器陣も、巧みで質感の揃ったソロを聴かせる。おつぎのショスタコーヴィチのピアノ協奏曲は、第1番に比べて演奏機会の少ない第2番というのがまず嬉しい。辻井は、弾力感のある打鍵で明確かつダイナミックなソロを奏でる。それでいて第2楽章は、バックともども、情感豊かで夢見るような風情を生み出す。この曲、快速楽章は愉しいし、緩徐楽章はショパンにも似た美しさが横溢しているので、個人的にはかなり好きな作品だ。俗っぽくて深みがないと言われれば反論の余地もないが、今回久々に聴いてもっと多くの生演奏に触れてみたいと心から思った。

 後半の「英雄の生涯」は、雄大かつ雄弁な熱演。比較的じっくりと運ばれながらもドラマティックな造作は、沼尻のオペラ演奏の経験を反映したものと言えるのかもしれない。各パートが皆くっきりと音を出すので、めくるめく音絵巻が終始続く。特にホルンの好演が光るし、コンサートマスター・石田泰尚のすこぶる繊細でニュアンスに富んだヴァイオリン・ソロも実に素晴らしい。

 このところ神奈川フィルの表現意欲が増してきた印象を受けていたが、今回改めてそれを実感した。沼尻と同楽団のコンビネーションに、今後さらなる熱視線を注ぎたい。

カーチュン・ウォン、いい指揮者だ! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート10>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月23日


カーチュン・ウォン指揮/日本フィルハーモニー交響楽団 2023年8月9日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 日本フィルは、9月から首席指揮者(現在は首席客演指揮者)に就任するカーチュン・ウォンの指揮で、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、菅野祐悟のサクソフォン協奏曲「Mystic Forest」(独奏は須川展也)、ムソルグスキー(ラヴェル編)の組曲「展覧会の絵」を披露した。

 まずはカーチュン・ウォンの指揮がいい。全ての指示が明確・的確で、音楽の表情を示す身振りが恐ろしく細かく、オーケストラもそれにヴィヴィッドな反応を示す。よって音楽が明快かつ細やかで生き生きとしている。 

 冒頭の「運命の力」序曲は、きっぱりとした開始に続いて、情景変化が鮮やかな音楽が展開され、ダイナミックに終結する。おつぎは、今回ウォンが最も力を入れている菅野祐悟のサクソフォン協奏曲。事前にインタビューした際、ウォンは「独奏の須川展也は、吹奏楽でトランペットを吹いていた少年時代の憧れのスターであり、菅野祐悟は、徴兵制度で軍隊にいた大変な時に、彼のテレビドラマの音楽(特に「ガリレオ」)から勇気を得てファンになった作曲家」との旨を語っていた。従って今回の演奏には、かなりの思い入れがあるようだ。曲は、「日本の森の神秘と、そうした自然から日本人が受け取ってきた死生観を描いた作品」とのこと。艶やかでカラフルなサウンドやエネルギーと、寂しさも滲んだ透明感や神秘性が共生した、派手さに頼ることのない音楽だ。これを、須川は音色変化の多彩な自在の表現で聴かせる。流石のソロだし、色彩的なバックも曲を盛り立てる。

 後半の「展覧会の絵」は、デリケートかつスケールの大きな好演。「古城」では須川がオーケストラの一員として美しく雄弁なソロを奏でる。それにしても須川クラスが吹くと、サクソフォンの出番がここだけというのはどうももったいない気がする。初演当時はクラリネット奏者が持ち替えで吹いたのでそうなったらしいが、ほぼ100%サクソフォン奏者が参加する現在ならば、「キエフの大門」のトゥッティくらいは、指揮者の裁量で加えてもいいのではないだろうか。ともあれ、メリハリの効いた指揮と日本フィルの快調な演奏で、曲を大いに満喫した。

 ウォンは、「日本フィルには老舗の和菓子屋のような職人魂があり、そこに惹かれている」と話していた。しかもコロナ禍の代役で日本の多くのオーケストラを振った彼をして「格別」だという。これまでの客演を含めて、相性の良さは証明済み。シェフになる次シーズン以降のコラボレーションがますます楽しみになった。

円熟の名匠の音楽は、ごく自然で味わい深い。 <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート9>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月23日


秋山和慶指揮/日本センチュリー交響楽団 2023年8月8日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 山形響に続く地方オーケストラの登場。大阪の日本センチュリー響が、ミュージックアドバイザー・秋山和慶の指揮で、シューベルトの交響曲第5番、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(独奏はHIMARI)、ドヴォルザークの交響曲第8番を披露した。

 シューベルトは、流麗・優美でしなやかな演奏。ここは同曲の美感がナチュラルに届けられる。各楽章の特質に沿ったバランス感覚の良さはさすが名匠・秋山だ。ブルッフは、12歳のHIMARIが豊潤なソロを展開。アンコールのミルシテイン「パガニーニアーナ」ともども類い稀な力量を示した。ただ、フルサイズの楽器で、楽曲の様式に沿いながら真の個性を発揮するには、これからが本格的な勝負どころとなるのではないだろうか。また、ブルッフで特に感心したのは、秋山の確信に充ちた造形。中でも第1楽章のテンポ感や力感が光る。ここが遅くて力が弱いと第2楽章との区別がつきにくくなるので、今回の造作は、曲の構成を明確にし、音楽に十全なメリハリを与えた。後半のドヴォルザークも、明解な造形の中で、自然かつこまやかな抑揚や表情を持った音楽が続き、曲の魅力をストレートに満喫させる。終演後の聴衆の熱狂ぶりが好演の佳き証だろう。

 円熟の名匠の的確な音楽作りと、よって生まれる楽曲の陰影や味わいを噛み締めた一夜。
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