柴田克彦の音楽日記をイッキ見

8型の「田園」と16型の「運命」、その対比が新鮮な感触を生み出す! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート8>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月7日


広上淳一指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団 2023年8月6日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 早々に完売していた新日本フィルの公演は、指揮者が病気の井上道義から広上淳一に交替した。昨年の同楽団の公演は、広上が病気で急遽梅田俊明に替わったので、因果は巡る……の感がある。広上は前日に「出張サマーミューザ@しんゆり!」で東京交響楽団を指揮したばかり。かなりハードだが、昨年のお返しの意味もあって連投を承けたという。演目は、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」と第5番「運命」。究極の名作プログラムだ。

 今回は、「井上道義が考えた趣向をそのまま取り入れて」臨むという。それは、前半の「田園」を8型、後半の「運命」を16型で演奏し、「田園」では途中の楽章から入る楽器を第1ヴァイオリンの後方に順次別配置するというもの。なお、両曲共に弦楽器は対抗配置だった。

 「田園」は、8-6-4-4ー2(だったか?)と相当な小型編成。しかし、やはり8型だった鈴木秀美&山形響の公演同様、このホールでは響きの乏しさをまるで感じない。こうした編成の演奏を聴くと、当ホールの音の良さを強く再認識させられる。広上は、全体にゆったりと曲を運び、のどかで落ち着いた田園情趣を生み出していく。第1、2楽章は特にそう。このあたりはのどかな田舎の雰囲気が続く。第3楽章も急かずに丁寧な演奏。ただしここでトランペット2本が舞台に登場し、情景の変化が印象付けられる。第4楽章になるとさらに、トロンボーン2本、ピッコロ、ティンパニが登場。タイトながらも迫真的な音楽が醸成される。第5楽章は安堵と感謝の調べがゆったりと続く。全体をみれば、“精緻にして大らかな”「田園」だった。

 「運命」は、16ー14ー12ー10ー8の大編成に一変。弦楽器は倍以上の数が並ぶ。今度は第4楽章のみ加わる楽器も最初からステージに出ている。こちらは当然、豊麗・重厚な響き。第2楽章冒頭の重層感など、前半の編成ではまず出せないであろう。音楽自体は、こちらも急くことなく、終始雄大に進行し、曲想に沿って自然な高揚を遂げる。「田園」ともども、新日本フィルのアンサンブルは上々だ。こうした手慣れた曲だと逆に綻びが出るケースも多いが、今回はよく揃い、整っている。それに同楽団は一時期に比べると開放感が増したようだ。

 今回の井上の意図を、広上は「『田園」=18世紀の編成、『運命』=19世紀の編成。それを進化した現代のオーケストラで演奏するとどうなるか?がポイント」といった旨を話していた。言われてみると確かにそうした面白さもあったが、結果として、「田園」の室内楽的な特性、「運命」の壮大なダイナミズムがより浮き彫りにされたように感じる。これは、ベートーヴェン音楽の濃密な魅力を堪能しながら、色々な面で示唆を得た、興味深いコンサートだった。

円熟のピアノと生気に充ちた指揮を満喫! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート7>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月3日


出口大地指揮/東京フィルハーモニー交響楽団 2023年 8月2日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 平日午後に密度の濃いオーケストラ・プログラム。猛暑の中なかなかハードだが、今日も暑さを吹き飛ばす快演を満喫した。東京フィルは、このところ相性の良さを見せている出口大地の指揮。ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門で日本人初優勝を果たした俊英だ。演目は、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」からワルツ、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(独奏は清水和音)、ベルリオーズの「幻想交響曲」と名作が揃う。

 冒頭の「仮面舞踏会」のワルツは、出口が優勝したコンクールの冠作曲家だけに、スムーズな進行。しかもダイナミックな音楽の中に、細かな強弱変化やニュアンスが込められていく。好調な滑り出しだ。次のチャイコフスキーは、ベテラン清水が流石の貫禄を示す。雄大な造作の中で奏されるのは、力強さとリリシズムが共存した雄弁なピアノ。余裕すら感じさせる打鍵で刻々と音色を変えながら自在かつ多彩に表出される音楽に、終始引き込まれる。これは若手には到底不可能な、熟した大人の芸だ。

 後半の「幻想交響曲」は、丁寧な表現の中にアイディアが盛り込まれた演奏。第2楽章のしなやかさも魅力的だったし、遅めのテンポで奏された第4楽章の出だしをはじめとする新鮮な表現(出口は「楽譜通り」と話していたが)に感心させられる。第5楽章も然り。緻密な好演を続ける東京フィルの健闘も相まって、やはり終始耳を惹きつけて離さない濃密な音楽が展開された。

 東京フィルは、僅か2日前にチョン・ミョンフンの指揮で圧倒的な「オテロ」を聴かせたばかり。いくら人数が多い楽団だと言っても、中1日でこうしたハイクオリティのパフォーマンスを繰り広げられるのは実に素晴らしい。出口の指揮もいい。彼の公演に接するのは3回目だが、ただうまくまとめるのではなく、生気と精緻さを両立させた吸引力のある音楽作りを行う好指揮者だ。今度ぜひ東京フィル以外のオーケストラでも聴いてみたい。


壮麗でゴージャスなサウンドが会場を包む! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート6>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月2日


セバスティアン・ヴァイグレ指揮/読売日本交響楽団 2023年8月1日  ミューザ川崎シンフォニーホール



 前公演の鈴木秀美&山形交響楽団からまた一転、今度は豪華でスケールの大きなオーケストラ音楽に浸る。今年の読響は、常任指揮者ヴァイグレに率いられての登場。プログラムは、ベートーヴェンの交響曲第8番。ワーグナー(デ・フリーヘル編曲)の楽劇「ニーベルングの指環」~オーケストラル・アドヴェンチャーというドイツ物だ。これは定期演奏会で組んでもおかしくない内容。そこに当音楽祭と読響の良心が表れている。

 前半のベートーヴェンは12型。躍動感のある第1楽章、軽妙な第2楽章、典雅な第3楽章、溌剌とした第4楽章と、楽曲の特質に即したしなやかで芳醇な演奏が展開される。ヴァイグレもこうした楽曲(もちろん後半も)ではツボを外さないし、全体のバランスもいい。

 読響の特長は色香と光彩に富んだゴージャスなサウンドであり、ヴァイグレの特長が最も発揮されるのはドイツ・オペラもしくはそのテイストを持つ作品だと思う。後半の「アドヴェンチャー・リング」はこれらを満たす格好の演目だ。ただし個人的な好みで言えば、デ・フリーヘルの編曲は、選曲&構成と繋ぎの部分が今ひとつしっくりこない。だが本日は、ヴァイグレの的確かつドラマティックな表現とスムーズな転換が、それをあまり感じさせなかった。

 ここは16型の4管編成で、ハープ4台、ティンパニ2セットを用いた壮大なオーケストラが威力を発揮する。曲の前半はやや不安定だった響きも徐々に良化し、後半はもう壮麗で光輝なゴージャス・サウンドの嵐。特に「ジークフリートのラインへの旅」の重層的かつ爽快な表現は圧巻の一語に尽きる。ジークフリート絡みのソロがやたらと多いホルンも、松坂隼が強靭かつ鮮烈な名奏を披露した。

 このホールで聴く大オーケストラの豪華な音は、もはやそれだけで1つの芸。まさにオーケストラの醍醐味が詰まった公演だった。
59 件



TOP