リヴァプールのインプルーヴメント

リヴァプールのインプルーヴメント

リヴァプールFCが昨夜、FIFAクラブワールドカップを制した。前シーズンのプレミアリーグの優勝はまたも惜しく逃したが、UEFAチャンピオンズリーグ、スーパーカップに続き、昨夜クラブワールドカップも手に入れた。地元でもないのに、これだけ熱くなるのだから、本拠地の熱狂は想像に難くない。そういうとき、自分の町に名門スポーツクラブがあったり、オーケストラがあったりするのは、ほんとうにいいものなのだろうと思う。
  • 青澤隆明
    2019.12.23
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 FIFAクラブワールドカップ2019は準決勝も決勝も、どちらもたいへんな試合だった。しかし、今季のリヴァプールが多くは1点差で凌いできた試合を見続けていると、じりじりもひやひやもするけれど、けっこう重心は低く保って観戦できる。深夜のテレビだし。今季のリヴァプールはどうしてもクリーンシートが少ないし、攻撃陣の爆発だって、マンチェスター・シティやレスターやトテナムのような大量得点にはなかなかいたらないけれど、それでも着実に勝ちきってきたのである。

 昨夜、12月21日に行われた決勝戦をまだ観ていない方もいらっしゃるといけないので、控えめに結果だけ言うと、延長に入って99分のところで、ヘンダーソンからマネに通したボールをフィルミーニョが落ち着いて決めて、そこまで再三のゴールチャンスを決めきれなかったリヴァプールが1-0の勝利を手にした。もっと点が入ってもおかしくはなかったけれど、そういう試合は今季もずいぶんたくさん見せられてきたし、フラメンゴが独特の節をつくって試合のリズムを譲らなかった時間帯にもけっこう忍耐を強いられた。これがリヴァプールにとって初めて手にするクラブ・ワールドカップ。2005年のジェラードたちも、あと一歩で届かなかった栄冠を手にした、ということになる。ほんとうにめでたい。

 けっこうくたびれた一日の終わりに、明け方まで延長戦の中継を観て、それでがっかりすると、翌日に堪えるものである。だから、ほんとうに勝ってよかった。しかし、ひと息つく間もなく、選手はもう次のゲーム、今シーズンの大一番となるレスター戦へと集中していて、おれたちはもっと良くなる、という気骨がしっかりとテンションを保っているし、むしろドーハの気候と連戦の疲労を超えて、チームの意気は高揚しているに違いない。現在2位のレスターは同時刻にリーグ戦でシティに敗れたようだが、ブレンダン・ロジャーズが率いてめっぽう強さを発揮しているので、ほんとうに大事な一戦だ。
 ロジャーズ時代のリヴァプールもほんとうにいいフットボールをしていたし、彼は当時からすぐれた監督だった。ジェラードからヘンダーソンへとキャプテンシーが移行していく時期の名将で、恩も深い。フットボールシーズンは折り返しだが、3つのカップを手にした2019年の締めくくりとなる重要な試合がこのフォックス戦、そして晦日のウルヴズ戦だ。おそるべき過密スケジュールが組まれ、故障選手も多く出てしまったこの12月を乗り越えれば、新しい年の1月になる。そして、南野拓実がやってくる。

 古いことを思い出せば、欧州と南米のナンバー1クラブが世界一を決するトヨタ・カップで、1981年のカードがリヴァプールとフラメンゴの試合だった。三菱ダイヤモンドサッカーを毎週楽しみにみていて、リヴァプールが自然と好きだったぼくは、ジーコが大活躍し、ヌネスが2点とって、結果リヴァプールが0-3で敗れる姿をテレビで観た。それで一時期ジーコに熱中してしまうのは、小学生だからしかたがない、とゆるしてもらうが、それでもフラメンゴではなくセレソンの応援というくらいの話である。なのに、1982年も、それ以降のワールドカップも、ジーコには微笑まなかった。
 まあ、そんなこんなでリヴァプールがフラメンゴに勝ったのは、まさに38年越しのリベンジということになる。そんなふうに勘定されると、ぼくもそこそこ長く生きてきたのだな、と思うが、プレミアの解説を聞いていると、もっと遠大な歴史的データが次々と細かく紹介される。スポーツ・クラブの因縁とは、おそろしく根が深いものなのである。

 さて、マンチェスター・シティ・ファンなら、こういうときさっそくオアシスやノエル・ギャラガーを聴いたり歌ったりするかも知れない。リヴァプールならばビートルズというのが王道なのだろう。しかし、ここはクラシックが主体のページなので、そういうことならば『リヴァプール・オラトリオ』でも聴くか、と思ってCD棚を探してみるが、どういうわけか留守のようである。この曲は1992年の6月だったか、新日本フィルがさっそく日本初演して、ぼくもそれをいそいそと聴きに行ったのだった。

 『リヴァプール・オラトリオ』は、ロイヤル・リヴァプール・フィルの150周年の記念に、ポール・マッカートニーがカール・デイヴィズの協力で作曲した大曲だ。1991年6月にリヴァプール・カテドラルで初演され、CDにもなっている。ロイヤル・リヴァプール・フィルは1840年以来の長い歴史をもつオーケストラだから、創設はエルガーも生まれる前、シューマンの30歳の頃の話である。先の機会が150年ならば、来る2020年にはめでたく180周年ということになる。
 ワシリー・ペトレンコが、この古豪リヴァプール・フィルの近年の躍進の立役者となってきた。2006年から首席指揮者として緊密な関係を築き、もう15年ほどにもなる長期である。しかも今シーズンは節目で、ワシリー・ペトレンコは2020/21年シーズンで首席から桂冠指揮者になり、続く2021/22シーズンからはロイヤル・フィルの音楽監督に就任することが決まっている。 
 ワシリー・ペトレンコとリヴァプール・フィルのCDは、ラフマニノフはじめ得意のロシアものやエルガーがあるが、もっといろいろ聴いてみたい。なんとなく、たまたま目に入ったラフマニノフの交響詩「ロスティラフ公」と交響曲第1番のCDをかけているが、やっぱりエルガーをかけたほうがよかったか。また日本にやってきて、「威風堂々」のかわりにでも、もし"You’ll Never Walk Alone"をやってくれたら、たとえリヴァプール・サポーターでなくたって大声で歌い出したくなるだろう。・・・ならないか?

 なにが言いたいのかというと、リヴァプールはもちろんレッズに、エヴァートン、ロイヤル・リヴァプール・フィル、マンチェスターはユナイテッドであれシティであれ、ハレ・オーケストラであれ、自分の街にフットボールクラブがあり、オーケストラもあって、地元サポーターが何代も続いている、というのは、ほんとうに文化の厚みなのだと思う。日本だって、京都パープルサンガと京都市響があるじゃないか、とか、広島交響楽団とサンフレッチェがあるじゃないか、なにしろカープがあるぞ、とか、いろいろ言われそうだが、ひい爺さんの代からというような支えられかたや愛されかたをされているかというと、そこは分厚さがぜんぜん違う気がする。
 時間をかけて、世代を越えてみないことには、わからないことがたくさんあるはずだ。38年ぶりの雪辱を晴らすなんて、ちょっと暗くて怨念がましい言いかただから引く人もいるかもしれないけれど、イングランドのフットボール・ファンはそのようにひとつの試合を長らく記憶に刻んで、次代へも延々と語り継いでいるに違いない。
 街と人々と歳月というのはたぶん、そういう具合に互いに熟していくものなのである。
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