柴田克彦の音楽日記をイッキ見

流石の演奏ではあったが…… 海外オーケストラの来日ラッシュ第5弾


柴田克彦 / 更新日:2023年11月20日


トゥガン・ソヒエフ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 2023年11月12日 サントリーホール



 チェコ・フィル、コンセルトヘボウ管と、中音寄りで柔らかい中欧サウンドのオーケストラが続いた後に、そうしたテイストの総大将ともいうべきウィーン・フィルを聴く。指揮は、予定されたウェルザー=メストから替わったトゥガン・ソヒエフ。足を運んだのは東京初日公演で、R.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」とブラームスの交響曲第1番というプログラムだ。

 前半の「ツァラ」が、ベルリン・フィルをはじめとする高機能型オーケストラのスタイルと異なるであろうことは、容易に想像がついた。実際もその通り、まさに中音寄りの艶美で目の詰まった演奏が展開され、後半の3拍子部分での「ばらの騎士」を彷彿させる煌びやかなサウンドが印象的だった。ただし、ソヒエフが代打だったせいかどこか手探りの感があり、この日が同曲の今ツアー初演奏だったせいか完成度も今ひとつ。結果感嘆するほどの名演にはならなかったように思う。

 後半のブラームスは、さすがウィーン・フィル。パーヴォ&トーンハレ管の攻撃的な表現とは真逆の、柔らかく腰の据わった風格漂う演奏が繰り広げられた。中でも第2楽章はまろやかなサウンドが効果を発揮した好演。弦楽器やホルンの響きもイメージを裏切らない。アンコールは、J.シュトラウス2世の流麗な「春の声」と軽妙な「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。

 ソヒエフは、全体にウィーン・フィルの持ち味を生かす方向で指揮を進めたように感じる。それは、手兵のトゥールーズ・キャピトル管等で魅せてきた、立体的で生気漲る清新な表現とは明らかに異なるもの。ある意味落ち着いたこの演奏は、オーケストラを立てたともいえるし、急な代役で安全運転を旨としたとも受け取れる。その意味では、今回ならばソヒエフの個性に合ったプロコフィエフの交響曲第5番がどうだったか?(聴くことができなかったので)気になるところ。何より今度はぜひ、当初からソヒエフが組んだプログラムにおけるコラボがどうなのか?をじっくりと確かめてみたい。

伝統のマイルドなサウンドが蘇る! 海外オーケストラの来日ラッシュ第4弾


柴田克彦 / 更新日:2023年11月5日


ファビオ・ルイージ指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 2023年11月3日 ミューザ川崎シンフォニーホール 



 同公演の模様は「毎日クラシックナビ」の「速リポ」のコーナーに書いたので、できる限り重複は避けたいが、ともかく「あのコンセルトヘボウ管のサウンドを久々に体験した」との思いが強い。ルイージ指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管の今ツアー最初の公演。日本では同楽団との初共演となるルイージだが、先にインタビューした際には「もう15~6年の付き合い。最初から良い関係を築くことができ、それ以降毎年のように客演している」と話していた。そして今回はその相性の良さを見事に実証した。

 前半はビゼーの交響曲第1番。これは12型で爽快な演奏が展開された。冒頭から弦楽器を主体としたマイルドな響きに魅せられる。第2楽章はオーボエのソロが絶品だし、その後もしなやかなフレーズが息長く歌われる。この楽章は出色だ。以下の楽章も含めて、これは同曲のフレッシュな魅力が表出された快演。1つ間違うと単調になりがちな曲で、終始インテンポかつ無表情の演奏を聴いて思い切り退屈した記憶もあるのだが、さすがルイージはテンポや表情をさりげなく変えながら、堅牢にして優美なハイセンスの音楽を聴かせてくれた。

 後半のドヴォルザークの交響曲「新世界より」は16型での演奏。こちらも、すこぶるしなやかで自然な美しさに溢れた音楽が繰り広げられた。特に第2楽章のイングリッシュ・ホルンの内声的な歌い回し(第1楽章のフルートなどもそうだった)は滅多に聴けぬもの。バックの弦の細やかな表情変化も素晴らしい。全体に、てらいのないオーソドックスな表現だが、伸びやかな抑揚とほどよいダイナミズムが共存した好演と言っていい。アンコールは、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」の「ポロネーズ」。ここでは豊麗かつ色彩的な演奏で、ポテンシャルの高さが示された。

 何よりコンセルヘボウ管の豊穣なサウンド。これはやはり魅力的だ。柔らかくまろやかな弦楽器と突出せずして芳醇な管楽器が融合したヨーロピアンな音は、チェコ・フィルと同様だが、(良い意味で)ローカル感のあるチェコ〜に比べると、こちらはずっと都会的で洗練されている。こうした個性や色合いの違いを間髪入れずに味わえることこそ、海外オーケストラ来日ラッシュならではの意義と楽しみだろう。

素晴らしきドヴォルザーク 海外オーケストラの来日ラッシュ第3弾


柴田克彦 / 更新日:2023年11月1日


セミヨン・ビシュコフ指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 2023年10月29日 サントリーホール



 今度はチェコ・フィルのドヴォルザーク・プログラム。これは素晴らしい演奏だった。当公演については、モーストリー・クラシック誌にレポートを書く予定なので、ここでは簡単に触れるが、ともかくビシュコフとチェコ・フィルのコンビネーションは抜群と言っていい。

 序曲「オセロ」冒頭の柔らかなハーモニーと続く弦楽器のしなやかさに、いきなり耳を奪われる。その後もオーケストラのサウンドは柔らかくしなやか。ビシュコフは曲の特性を緻密かつ的確に表出する。次のチェロ協奏曲はパブロ・フェランデスが芳醇なソロで魅せる。豪壮・強靭ではなく、まろやかで陽性の音だが、芯がしっかりしているのでオーケストラに負けることはない。というよりも、オーケストラにマッチした音色で、センス良くパッショネイトに歌う。中でも第2楽章のしみじみとした味わいが光っている。後半の交響曲第8番は、自然でいながら表情豊かで、しかも終始引き締まった演奏が展開される。第3楽章のメロディがこれほど胸に染みたのも久々だし、「いいドヴォ8を聴いた」との思いしきりだ。

 ビシュコフの力まずしてドラマティックな構築性と、若返ってきたチェコ・フィルの意欲溢れるパフォーマンスを堪能した一夜。このオーケストラがこれほど懸命で締まった演奏を聴かせるとは、(失礼ながら)やや意外でもある。それに何より、爆裂せずして充実感のあるヨーロピアンな(あるいは中欧的な)サウンドは、トーンハレ管、オスロ・フィルとアグレッシヴな音や音楽が続いた後に聴くと、妙に心地よい。
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