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<フェスタサマーミューザKAWASAKI2021 レポート4>


柴田克彦 / 更新日:2021年8月14日


ベスト3でなくてもみな愉しい! 今年のフェスタサマーミューザの多彩な8公演、その2。 <フェスタサマーミューザKAWASAKI2021 レポート4>



2021年8月3日 鈴木秀美指揮/神奈川フィルハーモニー管弦楽団  他
ミューザ川崎シンフォニーホール


 フェスタサマーミューザKAWASAKI2021のレポートの最終回。ここでは8月の4公演を振り返る。

 8月3日(火)の鈴木秀美&神奈川フィルハーモニー管弦楽団は、ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」と交響曲第8番というお馴染みの名曲で、いかなる表現がなされるか?が焦点となる。実際のところ、ボヘミア色を前面に打ち出した民族舞踊的な演奏になるはずもなく、タイトで明晰な新味のドヴォルザークが展開された。特に交響曲は音楽の構造や変化が隙なく表出されたといった感。第4楽章冒頭のファンファーレをオクターヴで吹かせた(初演時の作曲者のアイディアだという)点も興趣を盛り上げた。ただ最も惹かれたのは、シューマンのヴァイオリン協奏曲における郷古廉のソロだ。贅肉のない澄んだ音色で堅牢かつ奥深い音楽を彫琢していくその演奏は、どこか捉え難い同曲の鬱としたロマンを、他に類のないユニークな魅力へと変換。編成を絞ったバックの透明感もそれに寄与した。

 8月5日(木)の飯森範親&東京ニューシティ管弦楽団は、昨年来聴く機会が激減したマーラーの交響曲第5番の生演奏が目玉。弦楽器は12型で、飯森の指揮も珍しく淡々としてはいたが、その分妙な暑苦しさがないのがいい。ここはストレートな表現で同曲の多彩な面白さが明示された。それにしても第3楽章の立奏をはじめ、ホルンのトップ奏者が上手い。この楽器は人材難だけに彼は今後要注目だ。前半のバルトークのピアノ協奏曲第3番では、ハンガリーゆかりの金子三勇士が強靭さとしなやかさを兼ね備えたソロを披露。バルトークは彼の持ち味にピッタリだ。

 8月7日(土)の下野竜也&日本フィルハーモニー交響楽団は、シェイクスピア&ゲーテに因む「文豪プロ」のアイディアが光っている。前半はシェイクスピア絡みの音楽。ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーン・スリーヴス」による幻想曲、ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲で、ツボを押さえた好演が展開された。こうした単品の連なりは下野ならではの妙手。オーケストラ好きにはすこぶる愉しい。後半はベートーヴェンの劇音楽「エグモント」全曲。こちらはゲーテの戯曲のための作品だ。CDで聴くと序曲以外の曲はどうも薄味に感じるのだが、今回はカロリー十分で劇的な音楽に聴こえる。宮本益光の“音楽的”な語りと、ソプラノの石橋栄実の清澄なクレールヒェンの歌も相まって、レアなドラマを飽きることなく堪能した。

 8月9日(月)の原田慶太楼&東京交響楽団は、変化球が多投されたフィナーレコンサート。まずは「皆様ご存じの名曲にて華やかに大団円」のパターンにしなかった関係者の見識を讃えたい。最初のヴェルディの歌劇「アイーダ」の凱旋行進曲とバレエ音楽は本日唯一の有名曲だが、ヴェルディ没後120年と「アイーダ」初演150年に因んだ(+次曲との関係による)選曲との由。同曲が溌剌と演奏された後は、ブリティッシュ・カウンシルと川崎市の提携による「かわさき=ドレイクミュージック アンサンブル プロジェクト」から生まれた「かわさき組曲」が披露される。これは、川崎市内の特別支援学校の生徒たちが「アイーダ」の音楽にインスパイアされて生み出した多数のモティーフを、イギリスのベン・セラーズという人が1曲にまとめたもの。ここではソフトで温かな音楽がしなやかに奏された。後半最初のアダムズの「アブソルート・ジェスト」は、オーケストラと弦楽四重奏のための作品。今度は耳の聞こえない障害者=ベートーヴェンにインスパイアされた音楽で、「第九」や弦楽四重奏曲Op.135などの断片が現れる。今回は気鋭のカルテット・アマービレと東響が引き締まった競演を繰り広げた。カルテット・アマービレがアンコールで主な元ネタ(?)のOp.135の第2楽章を演奏したのも気が利いている。最後の吉松隆の交響曲第2番「地球(テラ)にて」は、1991年の作=今年30歳を迎えた作品。40分弱の力作が濃密・壮大な演奏で鳴り響き、今聴くべきこの曲の意味が伝えられた。それにしても原田の指揮は、常に変わらず生気が漲り、パッショネイトで躍動的だ。今回のプロでの感銘は、いかなる音楽にも生命を吹き込む彼の指揮あってこそといえるだろう。

 これにてフェスタサマーミューザKAWASAKI2021は終了。今年も佳き公演の畳み掛けを存分に満喫した。様々なオーケストラを一定期間内に同じホールで聴けるという不変の魅力に加えて、プログラム内容が年々充実してきたこの音楽祭。単純な名曲の羅列ではない点を高く評価したいし、「ポピュラー名曲オンリーではなく、さりとて定期演奏会では組みにくいプログラム」(最後の2公演はその典型例だ)が多いのも、存在意義をさらに高めている。しかしながら終わってしまうとえらく寂しい……。今年もまた「フェスタサマー」ロスに陥っている。

<フェスタサマーミューザKAWASAKI2021 レポート3>


柴田克彦 / 更新日:2021年8月12日


ベスト3以外もみな愉しい! 今年のフェスタサマーミューザの多彩な8公演、その1。 <フェスタサマーミューザKAWASAKI2021 レポート3>



2021年 7月25日 井上道義指揮/オーケストラ・アンサンブル金沢  他
ミューザ川崎シンフォニーホール


 2回に亘ってフェスタサマーミューザKAWASAKI2021のベスト3を紹介してきたが、負けず劣らず魅力的だった他の公演にも触れておきたい。ここでは7月の4公演を振り返ろう。

 7月25日(日)の井上道義&オーケストラ・アンサンブル金沢は、プロコフィエフの2曲が鮮度抜群だった。ヴァイオリン協奏曲第1番では、神尾真由子が持ち前の強靭さに繊細さを加えた集中力の高いソロを披露。抒情的な同曲のロシア的濃厚さや迫真性を明らかにした。これは神尾の協奏曲演奏の中でも屈指の名演と言っていい。バックも表情豊かで、「古典交響曲」ではそれが全開に。井上の“踊る”指揮と共に、様々なフレーズ、様々な楽器が生き生きと踊り、同曲の魅力を満喫させた。生真面目に演奏してもどこかつまらないこの曲、やはりこうでなくっちゃ!

 7月26日(月)のカーチュン・ウォン&東京都交響楽団は、まずチャイコフスキーの「ロココ変奏曲」における岡本侑也のチェロが圧巻。彼のソロは正確かつ端整ながらも情感豊かで瑞々しい。やはり岡本は並いる若手チェロ奏者の中でも頭抜けた存在だ。さらに後半のドヴォルザーク「新世界より」が魅力満点。昨年来日本での出番が多いウォンは、あらゆる部分に生命を与える雄弁な音楽を聴かせてきたが、今回はその極致とも言える濃厚な表現で魅了した。これは、隅々までこまやかな表情を持って進行する語彙豊富でドラマティックな「新世界」。それでいて流れは自然で、スケールも大きい。これまた昨年来聴く機会が多い同曲の中でも充実度ナンバーワンの快演だった。

 7月27日(火)の鈴木雅明&読売日本交響楽団は、バッハ演奏の泰斗・鈴木がロシアの交響曲を2曲指揮して話題を集めた。当初予定の山田和樹の代役に彼が起用された点も驚きで、これはミューザ&読響のヒットと言っていい。当然のことながら、演奏は通常イメージする野太く悠揚たるロシア音楽の世界とはまるで違う。特に、明晰・緻密で終始緊張感が支配したボロディンの交響曲第2番は、すこぶる新鮮だった。ラフマニノフの交響曲第2番は、それに比べるとノーマル(?)だが、基本的な方向性は同じ。濃密かつ引き締まった音楽がグイグイと進み、長さを感じさせなかった。たまにはこうしたロシア物を聴くのも悪くない。

 7月28日(水)のN響室内合奏団は、小編成のアンサンブルでウィーンにまつわるオーケストラ音楽を聴かせた、佳き番外編ともいうべき公演。実はプレトークの中で演奏されたドヴォルザークのバガテルが興味深かった。本編に登場するハーモニウムを用いた珍しいオリジナル作品ということで、3本の弦楽器と共に披露されたのだが、生で聴く機会など極めて稀な曲だし、全く告知されていなかっただけに嬉しいサプライズとなった。本編は、新ウィーン楽派の面々が編曲したヨハン・シュトラウス2世のウィンナ・ワルツで陶酔の世界へ誘われ、マーラーの交響曲第4番の室内楽版(K. ジモン編。14人+歌手)で精緻な音響世界へ導かれるといった感。N響メンバーはさすがの巧さで、普段隠れがちな曲の骨子を浮き彫りにしながら、音楽自体のテイストも十分に堪能させた。マーラーではソプラノの盛田麻央も美しい歌唱を披露。フル・オケを聴きたいとの思いは当然あるが、こうした角度の異なる企画が楽しみの幅を広げるのも確かだ。

<フェスタサマーミューザKAWASAKI2021 レポート2>


柴田克彦 / 更新日:2021年8月17日


やはりシェフが振る公演は格別だ! 今年のフェスタサマーミューザのベスト3、その 2。<フェスタサマーミューザKAWASAKI2021 レポート2>



2021年8月4日 広上淳一指揮/京都市交響楽団
2021年8月6日 アンドレア・バッティストーニ指揮/東京フィルハーモニー交響楽団
何れもミューザ川崎シンフォニーホール

 高関健&東京シティ・フィルに続いて、フェスタサマーミューザKAWASAKI2021のベスト3の残る2つを。

 まずは広上&京都市響。当音楽祭には2017年から地方都市オーケストラが順次参加しており、今年はオーケストラ・アンサンブル金沢と京都市交響楽団が出演した。中でも広上&京響は注目の公演だ。当コンビは日本屈指との呼び声が高く、しかも2008年からシェフを務める京響飛躍の立役者・広上が2022年3月に退任するというから、今回は集大成的パフォーマンスに首都圏で接する貴重な機会となる。

 演奏については別途記した(毎日新聞クラシックナビ)ので、ここでは簡単に触れるが、期待以上であったことは確か。特にマイルドで豊潤なサウンドが素晴らしく、京響が在京の強豪とは異なる個性を持った日本最上級のオーケストラであることを実感させられた。演目は、ブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲と、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。ブラームスは優美な好演で、ヴァイオリンの黒川侑とチェロの佐藤晴真が呼吸も絶妙な瑞々しいソロで魅了した。ベートーヴェンはモダン・オケの良さを生かしたしなやかでふくよかな表現。攻撃型ではないが、個人的にはいつになく魅力的な「英雄」だった。

 そしてバッティストーニ&東京フィル。バッティストーニは2016年から首席指揮者を務めており、彼が振ると必ずや東京フィルに生気と躍動感と歌が漲る。今回はその持ち味を発揮するに相応しい「イタリア・プロ」が組まれているので、当音楽祭の中でも楽しみにしていた公演だ。

 これまた期待通り、いや期待以上の快演が展開された。1曲目はヴェルディの歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲。カンタービレと力感が共生した、まさしくイタリア・オペラの世界だ。おつぎのレスピーギの組曲「シバの女王ベルキス」は目眩くスペクタクル。静かな曲の神秘的な美感もさることながら、激しい2曲の活力とダイナミズムは圧巻の一語に尽きる。なお、あえて用いられた日本の太鼓も不思議な異国感を醸し出していた。後半最初はニーノ・ロータのハープ協奏曲。この曲、CDで聴くと今ひとつ物足りなさを感じるのだが、今回の演奏は全く違っていて、独特の柔らかい肌触りが魅力的な美しい作品であることに気付かされた。もちろん明瞭かつ美麗な吉野直子の妙技に拠るところ大だが、バックの精妙なトーンも大いに貢献。これは思わぬ収穫だった。そしてレスピーギの「ローマの松」は凄絶なクライマックス。あらゆる音に生気が宿り、動的でカラフルなことこの上ない。「アッピア街道の松」は当然のごとく盛り上がり、最後はホールを揺るがす大サウンドが圧倒的な興奮をもたらした。ちなみに、最後の一歩手前で大音響に達したのでこの先どうなるのか?と心配になったが、驚くことにもう一段音量を上げて終結した。さすがバッティストーニ、その辺りの設計に抜かりはない。本公演は極めてエキサイティングであり、こうした有無を言わせぬ迫力は生オーケストラの大きな醍醐味だ。正直なところ「この演奏に細かい注文を付けるやつは、オーケストラなど聴かんでよろし」と言いたいほどだった。

 高関健&東京シティ・フィルを含めた3公演は、三者三様の名演。だからこそオーケストラ音楽は愉しく、フェスタサマーミューザも面白い。
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