来日オーケストラ&指揮者特集!2023春夏 
柴田克彦の音楽日記をイッキ見

リズムが躍動するホットな大団円。早くも来年が待ち遠しい。 <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート12>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月23日


原田慶太楼指揮/東京交響楽団 フィナーレコンサート 2023年8月11日  ミューザ川崎シンフォニーホール



 いよいよラスト! 東京交響楽団と正指揮者・原田慶太楼による恒例のフィナーレは、ラヴェルの「道化師の朝の歌」、アルトゥロ・マルケスの「ダンソン第9番」、芥川也寸志の「交響管弦楽のための音楽」、ラヴェルのピアノ協奏曲(独奏は清塚信也)、チャイコフスキーのバレエ組曲「眠りの森の美女」が並ぶ、いかにも楽しげなプログラム。隠れテーマは「踊り」だという。

 原田が生み出す音楽は、とにかく躍動的でライヴ感満点だ。「道化師の朝の歌」冒頭のピッツィカートからいつにも増して力強く弾んでいる。その後も生気に富んだ音楽が続き、場面ごとの色彩変化も鮮やか。ファゴットの絶妙なソロも光る。「ダンソン」は最近有名になった第2番ではなく第9番。これはなかなか珍しい(というか、初めて聴いた)。ここでリズムの饗宴はさらにヒートアップ。哀感漂う場面の濃密なテイストも魅力的だが、何より力感漲る打撃的なリズムに圧倒される。芥川作品も軽妙な第1楽章から迫力十分に弾む第2楽章に至り、興奮の中で、ダイナミックかつエキサイティングな前半を終える。

 後半はラヴェルのピアノ協奏曲で開始。清塚は、「ジャズ奏者としてのアプローチで」と話していた通りの自由奔放なソロを奏でる。これは通常あまり耳にしないアメリカ風(?)のラヴェルだ。第2楽章冒頭の長いソロもジャズ奏者が弾くかの如し。そこにさりげなくクラシカルな情感が込められる。オーケストラの各パートの難儀なソロも、イングリッシュホルンをはじめ、かなりの健闘ぶり。ただし、曲の開始がズレた(やはり鞭の一撃をちゃんと聞きたい!)のは残念だった。これもスリリングなライヴならではか……。最後の「眠りの森の美女」は5曲が抜粋され、抑揚大きく壮麗な演奏で締めくくられた。

 これまで当欄ではアンコールにあまり触れてこなかったが、ここはぜひ記しておきたい。なぜなら選曲がセンス抜群だったから。「どこかありそうな曲で、アメリカ風のマーチでもあるが、何だかわからない……」と終始思いながら聴いていたら、芥川也寸志の行進曲「風にむかって走ろう」とのこと。スーザ等の有名曲でも古関裕而等のお馴染みの日本のマーチでもなく、よくもまあこんな曲を見つけてきたものだ……。何にせよ、最後は聴衆の手拍子と共に心愉しく大団円を迎えた。

 今年はこれで、参加した全てのプロ・オーケストラを聴いた。同じホールで次々に聴くと、「個性がない」と揶揄されがちな日本のオーケストラも、それぞれの持ち味がかなり異なることを実感する。繰り返しになるが、ほとんどシェフや重要な関係を持った指揮者が起用されている点、単なる名曲の羅列ではなく、一工夫されたプログラムが組まれている点は、当音楽祭の素晴らしき特長。今年も各公演を大いに満喫した。

 以下、今年の個人的な賞を(賞品は何もないが)。優勝は高関健&東京シティ・フィル、殊勲賞は鈴木秀美&山形響、敢闘賞は広上淳一(東響のしんゆり公演と代役の新日本フィル公演を2日続けて指揮し、共に好演を展開)、技能賞はN響……といったところだが、正直甲乙はつけ難い。今はともかく来年の音楽祭が待ち遠しいと思うことしきりだ。

活性化したパフォーマンスが、今後へのさらなる期待を抱かせる。 <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート11>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月23日


沼尻竜典指揮/神奈川フィルハーモニー管弦楽団 2023年8月10日  ミューザ川崎シンフォニーホール



 地元・神奈川フィルは、音楽監督・沼尻竜典の指揮で、オネゲルの「夏の牧歌」、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番(独奏は辻井伸行)、R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」という意欲的なプログラムを聴かせた。

 沼尻は、2022年4月の神奈川フィル音楽監督就任以来、ショスタコーヴィチの交響曲第7、8番や、先だってのR.シュトラウスの歌劇「サロメ」(セミ・ステージ形式)など、オーケストラの機能とスケール感を数段アップさせた名演を展開している。オーケストラも全体に生気を増し、音楽が活性化しているように感じる。本日もそうした上昇機運にあるコンビの今を反映した活気溢れる演奏が繰り広げられた。

 最初のオネゲル「夏の牧歌」では、デリケートな響きで涼やかな空気感が創出される。1管編成ゆえに各々単独の管楽器陣も、巧みで質感の揃ったソロを聴かせる。おつぎのショスタコーヴィチのピアノ協奏曲は、第1番に比べて演奏機会の少ない第2番というのがまず嬉しい。辻井は、弾力感のある打鍵で明確かつダイナミックなソロを奏でる。それでいて第2楽章は、バックともども、情感豊かで夢見るような風情を生み出す。この曲、快速楽章は愉しいし、緩徐楽章はショパンにも似た美しさが横溢しているので、個人的にはかなり好きな作品だ。俗っぽくて深みがないと言われれば反論の余地もないが、今回久々に聴いてもっと多くの生演奏に触れてみたいと心から思った。

 後半の「英雄の生涯」は、雄大かつ雄弁な熱演。比較的じっくりと運ばれながらもドラマティックな造作は、沼尻のオペラ演奏の経験を反映したものと言えるのかもしれない。各パートが皆くっきりと音を出すので、めくるめく音絵巻が終始続く。特にホルンの好演が光るし、コンサートマスター・石田泰尚のすこぶる繊細でニュアンスに富んだヴァイオリン・ソロも実に素晴らしい。

 このところ神奈川フィルの表現意欲が増してきた印象を受けていたが、今回改めてそれを実感した。沼尻と同楽団のコンビネーションに、今後さらなる熱視線を注ぎたい。

カーチュン・ウォン、いい指揮者だ! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2023 レポート10>


柴田克彦 / 更新日:2023年8月23日


カーチュン・ウォン指揮/日本フィルハーモニー交響楽団 2023年8月9日 ミューザ川崎シンフォニーホール



 日本フィルは、9月から首席指揮者(現在は首席客演指揮者)に就任するカーチュン・ウォンの指揮で、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、菅野祐悟のサクソフォン協奏曲「Mystic Forest」(独奏は須川展也)、ムソルグスキー(ラヴェル編)の組曲「展覧会の絵」を披露した。

 まずはカーチュン・ウォンの指揮がいい。全ての指示が明確・的確で、音楽の表情を示す身振りが恐ろしく細かく、オーケストラもそれにヴィヴィッドな反応を示す。よって音楽が明快かつ細やかで生き生きとしている。 

 冒頭の「運命の力」序曲は、きっぱりとした開始に続いて、情景変化が鮮やかな音楽が展開され、ダイナミックに終結する。おつぎは、今回ウォンが最も力を入れている菅野祐悟のサクソフォン協奏曲。事前にインタビューした際、ウォンは「独奏の須川展也は、吹奏楽でトランペットを吹いていた少年時代の憧れのスターであり、菅野祐悟は、徴兵制度で軍隊にいた大変な時に、彼のテレビドラマの音楽(特に「ガリレオ」)から勇気を得てファンになった作曲家」との旨を語っていた。従って今回の演奏には、かなりの思い入れがあるようだ。曲は、「日本の森の神秘と、そうした自然から日本人が受け取ってきた死生観を描いた作品」とのこと。艶やかでカラフルなサウンドやエネルギーと、寂しさも滲んだ透明感や神秘性が共生した、派手さに頼ることのない音楽だ。これを、須川は音色変化の多彩な自在の表現で聴かせる。流石のソロだし、色彩的なバックも曲を盛り立てる。

 後半の「展覧会の絵」は、デリケートかつスケールの大きな好演。「古城」では須川がオーケストラの一員として美しく雄弁なソロを奏でる。それにしても須川クラスが吹くと、サクソフォンの出番がここだけというのはどうももったいない気がする。初演当時はクラリネット奏者が持ち替えで吹いたのでそうなったらしいが、ほぼ100%サクソフォン奏者が参加する現在ならば、「キエフの大門」のトゥッティくらいは、指揮者の裁量で加えてもいいのではないだろうか。ともあれ、メリハリの効いた指揮と日本フィルの快調な演奏で、曲を大いに満喫した。

 ウォンは、「日本フィルには老舗の和菓子屋のような職人魂があり、そこに惹かれている」と話していた。しかもコロナ禍の代役で日本の多くのオーケストラを振った彼をして「格別」だという。これまでの客演を含めて、相性の良さは証明済み。シェフになる次シーズン以降のコラボレーションがますます楽しみになった。
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