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花火 り - パーヴォ・ヤルヴィ&N響のストラヴィンスキー(青澤隆明)

花火 り - パーヴォ・ヤルヴィ&N響のストラヴィンスキー(青澤隆明)

季節のうた。パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団 定期公演 (2019年2月21日、サントリーホール)、そして新作CD◎ストラヴィンスキー:春の祭典・葬送の歌・幻想曲「花火」・幻想的スケルツォ 他 (SICC 19055)
  • 青澤隆明
    2021.09.06
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 コンサートで聴いた「花火」といえば、やはり近く2019年2月にパーヴォ・ヤルヴィがNHK交響楽団を指揮した定期公演がくっきりと思い出される。ぼくが聴いたのは2日目の2月21日、サントリーホールでの演奏だった。

 ストラヴィンスキー・プログラムで、興味深いのはメインに『春の祭典』を据えつつ、プログラム前半には3つの初期作を並べて、『火の鳥』と『春の祭典』にいたる歩みを詳らかにしたことだ。後年、渡米後の作「ロシア風スケルツォ」もバレエ音楽への連想も含めて、うまく収まっている。

 ストラヴィンスキーは初期作にだけ作品番号を与えていったが、「幻想的スケルツォ」op.3と「花火」op.4は順に書かれたし、兄弟作のようなところがある。「花火」も「幻想曲」とされているとおり、2曲はほぼ年子の幻想兄弟なのである。ディアギレフを魅了したジロティの指揮した演奏会でいっしょに採り上げられた。

 「花火」はもちろん花火だが、幻想的スケルツォのほうは蜜蜂のイメージらしい。師リムスキー=コルサコフにもそう構想を明かしていたように。リズムは「花火」のほうが大胆だが、「スケルツォ」も色彩的な管弦楽書法に加え、後にバレエにも仕立てられるように身体的、視覚的イメージの運動感が強い。

 そして、後年の「ロシア風スケルツォ」を挿んだ後、もうひとつの初期作、リムスキー=コルサコフの追悼に書かれた「葬送の歌」op.5を採り上げたのが、大いに興味をそそった。ストラヴィンスキーが半音階的書法の進展を自負していた自信作ながら、楽譜が長らく失われ、幻の作品とされてきた曲だ。2015年のサンクトペテルブルク音楽院改修に際してこの曲のパート譜が発見されたが、それは1909年の初演から実に一世紀以上も経ってのことだった。

 パーヴォ・ヤルヴィはこの曲を、バレエ音楽の傑作にいたるストラヴィンスキーの開花のプロセスにおける最後の重要なピース、言わばミッシング・リンクとみて注目したわけである。2016年12月にワレリー・ゲルギエフがマリインスキー劇場で同管弦楽団と復活蘇縁演したが、このときがN響での初演奏の機会となった。コンサートはその後休憩を挿んで『春の祭典』を続けたが、『火の鳥』ならばもっと直接的に連想できるところもあっただろう。

 そのときのコンサートでは、初期作の曲ごとの特性を詳らかにしつつも、『春の祭典』へと注ぎ込む脈動まで、パーヴォ・ヤルヴィらしい引き締まった律動に充ちた、鮮明な演奏がくり広げられていった。N響の精密なアンサンブルが、リズムと色彩の組織を見事に描き出していた。

 と、ここまでは当日の記憶だが、この新時代の名コンビの演奏はソニー/RCA Red SealがていねいにCD化して、連作リリースを手がけている。このストラヴィンスキーのコンサートのライヴ・レコーディングは、ちょうどこの9月1日に「20世紀傑作選」のシリーズ第5弾として届けられたばかり。ストラヴィンスキー没後50年記念の捧げものだ。

 このレコーディングを通じては、細部までより克明に聴きとれるし、こうして改めてくり返し聴くこともできる。ほんとうならば、いつか続篇のディスクで『火の鳥』を組み合わせて聴いてみたい。それこそ不死鳥のように。

 けれど、そんなことより、まずは今週末の定期公演、バルトークでの再会が待ち遠しい。
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