青澤隆明の音楽日記をイッキ見

2分間でできること --『リバー、流れないでよ』 2023年7月1日(土)


青澤隆明 / 更新日:2023年7月7日


映画『リバー、流れないでよ』 原案・脚本 上田誠、監督 山口淳太。主題歌は、くるりの“Smile”。



 せっかく京都にいるのに、雨。で、思い立って、京都シネマへ。『リバー、流れないでよ』をみに。

 劇団ヨーロッパ企画の、時間ものコメディ。貴船の老舗旅館が舞台。2分で時間が巻き戻ってしまう、ループの世界。これがおもしろい。

 2分間という設定が絶妙で、3分でも1分でもないのがうまい。それでなにができるのか?といえば、すべては途中で、巻き戻ってしまう。しだいに余裕は出てくるけど、毎度途中、……。

 音楽でも、2分で1曲を結ぶとか、なにかを成すことは難しい。2分間あれば、ひとつの世界が創り出せる、といえば、スクリャービンだろう。この世界では、スクリャービンが王様か。あるいは、ウェーベルンやシェー (←以上で2分)

Viva! ヴィヴァルディ、いざ未来へ --篠崎“まろ”史紀 & MAROカンパニーの新たな年明け


青澤隆明 / 更新日:2023年1月10日


王子ホール ニューイヤー・スペシャルコンサート MAROワールド Vol.46 by 篠崎“まろ”史紀&MAROカンパニー ~Viva! ヴィヴァルディ~ (2023年1月7日、王子ホール) ◆篠崎“まろ”史紀(ヴァイオリン)、MAROカンパニー 大江 馨、倉冨亮太、郷古 廉、小林壱成、﨑谷直人、白井 篤、伝田正秀(ヴァイオリン)、佐々木 亮、鈴木康浩(ヴィオラ)、市 寛也、佐山裕樹(チェロ)、菅沼希望(コントラバス) 山田武彦(チェンバロ)



 午後に壮大なロシア音楽を聴いた後は、銀座で珈琲を飲んで、イタリア・バロックの宵へくり出した。王子ホールの年明けは、いつものように篠崎“まろ”史紀&MAROカンパニーで、“Viva! ヴィヴァルディ”。読響とポゴレリッチの力強い演奏の後に聴いても、こちらもまた、ホールに満ちる豪勢な響きが圧巻だ。多くのコンサートマスターや首席奏者も含めて、弦の猛者が世代を超えて集えば、この地力だ。

 新春に、ヴィヴァルディの協奏曲づくし。とはいえ凝った構成で、コンサート前半はプログラムが進むにつれて、ソリストが次々と増えていく面白い仕掛け。ヴァイオリンのソリストが1、2、3、4というふうに漸次増殖するだけでなく、篠崎史紀の「未来へ繋ぐ」思いを象徴するように、彼が次代を託す名手たちへと手渡すように発展していく。

 まずは篠崎自らソロをとった『調和の霊感』op.3の第6番、続いて郷古廉と小林壱成でop.3の第8番を。サプライズで佐山裕樹と市寛也の2つのチェロの協奏曲ト長調の第1楽章をはさみ、3つのヴァイオリンの協奏曲ヘ長調では﨑谷直人と伝田正秀と白井篤、再びop.3にかえって第10番では大江馨、小林壱成、郷古廉、倉冨亮太、そしてチェロの佐山がフロントを組んだ。

 後半は『四季』の全曲。ふたたび篠崎が堂々とソロに立ち、ここまでも伸び伸びと即興を広げてきたチェンバロの山田武彦がさらに愉快なアイディアをくり出しつつ、アンサンブルで大いに遊んでいった。

 ここは、道場なのか遊び場なのか。そのどちらでもあるような真剣な音楽対話の熱が、ヴィヴァルディを多彩に、しかも逞しくマッチョに躍動させる。トークも交えて個々の奏者をフィーチャーしながら3時間弱、ヴィヴァルディしばりだが多彩なアイディアに富み、まさに「技のデパート」の様相を呈していた。

 アンコールには山田武彦が特別に書き下ろした「アンコールのための曲」で、ここまでソロには恵まれなかったコントラバスの菅沼希望がセンターに立ち、ヴィオラの両雄、鈴木康浩と佐々木亮も濃い独奏を織り込む。全員が主役のスーパー・カンパニーの大団円を、曲はいささかメランコリックだが、力強く濃厚に結んだ。

万能と喪失


青澤隆明 / 更新日:2023年1月10日


2023年コンサートの聴き初め。◆読売日本交響楽団 第254回土曜マチネーシリーズ 指揮=山田和樹 ピアノ=イーヴォ・ポゴレリッチ (2023年1月 7日、東京芸術劇場)  ◆チャイコフスキー:「眠りの森の美女」 から“ワルツ”、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18、チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 ロ短調 作品58



 2023年のコンサートの聴き初めは、イーヴォ・ポゴレリッチ。1月7日のコンチェルトに続いて、次の週にはリサイタルを2本ほど聴くつもりだから、いかにも重たげな年明けである。

 というような書き出しは、ピアノ好きのわがままだが、そもそも間違っていて、山田和樹が指揮する読売日本交響楽団の年初めの演奏会なのだ。山田和樹と読響の充実ぶりが改めて大きく堪能された。

 プログラムはチャイコフスキーとプロコフィエフの組み合わせの予定が、昨秋にはピアノ協奏曲がプロコフィエフの第3番からラフマニノフの第2番に変更されていた。年初に聴くハ長調のつもりが、ハ短調になって昏い始まり。演奏会後半の「マンフレッド交響曲」ではロ短調に一段下りる。

 はじまりに、チャイコフスキーの『眠りの森の美女』の「ワルツ」が分厚い弦で鳴り響くと、年末年始を経て9日ぶりに聴く生のオーケストラでもあったし、ホールが東京芸術劇場ということもあって、読響の音の質量がなおさら逞しく迫ってくる。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番では、ポゴレリッチが近年の復調ぶりを保って、総じて快速に弾き進んでいった。かつてとは打って変わって、演奏時間にして33分ほど。それでも、鋭利で強硬な音の極端な打ち出しなど、彼独特の音響表現の性格づけは変わらない。意図的に緩急をつけ、意表をつく突き出しもある。それも、おそらくは演奏の都度仕掛ける場所が即興的にも変わるのだろう。山田和樹はそうした誇張も最大限尊重しつつ、独奏者の意図に巧みにつけていった。ポゴレリッチが重視する急所では、オーケストラを煽動的に切り立てつつ、鋭利な表現でソロに食らいつくようにして。

 演奏会後半のチャイコフスキーの『マンフレッド交響曲』は、山田和樹の求心力が見事に発揮された堂々たる演奏だ。曲のナラティヴを巧みに活かし、豪勢な響きで多様な場面を力強く劇的に描きぬいた。ストレートで、ギミックなしに。だから、孤独や寂寥がかえって濃く張り詰める。スヴェトラーノフの採った版に準じて、冒頭楽章終結部の回想をもって、全曲が力強く結ばれた。

 プログラム全体として、チャイコフスキーの安定のパンに、ラフマニノフでのポゴレリッチの違和がギラリと挟まったサンドウィッチ、というようなコントラスト。協奏曲と交響曲では指揮者の仕事は強く対照的だったが、コンサート全体のプロセスとしてしっかりと一枚岩で結ばれる雄渾な流れだ。新年早々、意志に漲る引き締まった演奏を聴いた。
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