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青澤隆明の音楽日記をイッキ見

鳴り響く孤独 ‎– Mompou Interpreta Mompou


青澤隆明 / 更新日:2022年1月7日


CD◎Mompou Interpreta Mompou, Federico Mompou(pf) (Ensayo, 1974)



 フェデリコ・モンポウの1977年のコンサート録音のことを、昨晩ここに記した。「Música callada (沈黙の音楽)」の第4集は1967年、「ポール・ヴァレリーの詩による5つの歌曲」は1972年にまとめられたから、いずれも演奏会当時の近作だった。

 このライヴ・レコーディングを聴いていたとき、ピアノの音の響きを減衰しきるまでじっと聴き入っている感じには、どこかで覚えがあると思った。それは、たとえば武満徹のピアノ曲だった。さらにはジョン・ケージの「プリペアドピアノのためのソナタとインタリュード」の響きなども思い出されそうだが、そちらはもっと色濃くグリーグの方角からやってきているのだろう。いずれにしても、ぼくたちは静けさについて、響きを通して知覚する部分が大きい。

 さて、モンポウには自作自演盤があって、ぼくは10代の頃からずっと愛聴してきたし、いまも時折聴き入っている。1974年のレコーディング、ということは先述のコンサートの3年前で、モンポウはすでに80歳を過ぎている。最初にこの録音を聴いていた頃には、この訥々とした感じは音楽そのものの佇まいと、音の響きを確かめながらの歩みにしっくりきていて気づかなかったけれど、いくらモンポウが長寿だったとはいえ、これはかなり高齢での演奏だったのだ。それでも、その緊密な心身の集中はそうとうに傑出したもので、自作の録音を残してくれたことへの感謝は尽きない。

 こちらのアルバムは蔵出しのコンサート録音と比べると、もっとかっちりしていて、ぐっと孤独な響きに聞こえる。この静寂や沈黙も、響きも音楽も、遥かむかしからここにあって、ずっとさきまでありつづけるものだろう。

静かな時に - Mompou Live


青澤隆明 / 更新日:2022年1月1日


あけましておめでとうございます。年の初め、静かな夜に。沈黙の音楽。CD◎“MOMPOU LIVE” Montserrat Alavedra (sop), Federico Mompou (pf) [Marchvivo, 2021]



 好きな音楽を聴くときは、なんというか自分をゆるせる気がして。しかもただぼうっと聴いていると、それだけでいいような感じにもなってきて。もちろん、なにかは思うし、考えてしまうのだけれど、それとて音の響きに集中していると、遠くの雑音のようにみえてくる。

 新しい年のはじまりに、そうして耳を澄ましているのは、モンポウの「Música callada (沈黙の音楽)」。1977年のマドリッドでのライヴ録音が、昨2021年に初CD化されたもの。ということは、モンポウが亡くなる10年ほどまえで、83歳のときのステージだ。いまから45年前のドキュメントである。

 このときフェデリコ・モンポウ自身が弾いたのは“Música callada”の第4集。1967年にまとめられた7曲である。それから、「ポール・ヴァレリーによる5つの歌曲」が、やはりカタルーニャ生まれのソプラノ、モンセラート・アラベドラとともに演奏された。アンコールには、ピアノ独奏の『こどもの情景』から「庭の乙女たち」。そして、歌曲集『夢のたたかい』から「あなたのうえには花ばかり」。

 ただ、ひたすら音の響きに耳を澄ますように、ゆったりと、ときに悲痛に歩んで行くモンポウのピアノは、沈黙に打ち震えるように、その静けさを内密な心の歌にかえる。その人は老いてはいるが、そのかけがえのない心の純粋さと、内なる静けさの高まりは、地上における時間とは、ほとんど関係がないように感じられる。その強く澄みわたった音を、いつまでも聴いていられたら、と思う。

年の瀬のバッハ


青澤隆明 / 更新日:2021年12月31日


大晦日の夜、ピオトル・アンデルシェフスキの『プレリュードとフーガ』第2巻選集と、アレクサンドル・カントロフの「シャコンヌ」(ブラームス編)を聴いていて。



 大晦日の晩、2021年のおわりになにを聴こうか、と迷うでもなくかけていたのが、バッハの「シャコンヌ」、そして『プレリュードとフーガ』だった。後者はピオトル・アンデルシェフスキの最新CDとなる“平均律クラヴィーア曲集”第2巻の選集で、11月の来日公演でも演奏された曲目だった。「シャコンヌ」はブラームスによる左手のためのピアノ編曲の、アレクサンドル・カントロフのやはり最新盤に収められた演奏で、こちらは実演ではまだ聴けていない。

 ぼくにとって、アンデルシェフスキの『プレリュードとフーガ』はいやおうなく人間が生きていくことに関わってくるし、アレクサンドル・カントロフの左手の「シャコンヌ」はよりまっすぐと祈りに向かっている。アンデルシェフスキは旧知の音楽家だが、この録音でも今年の実演でも、新しい側面が滲み出るようにうかがえた。カントロフはまだ24歳の若い才能で、今回初めて生演奏を聴くことができてうれしかった。

 振りかえってみれば、とくにこのふたりが秋に来日を叶えてくれたことで、今年のぼくの音楽生活はぐっと奥行きを増した気がする。もっと率直に言えば、生きている、と思ったし、生き続けている、と感じた。来たる2022年にも得難い出会いがあることを祈りつつ、新しい朝へ踏み出そうと背筋を伸ばしているその間も、バッハは静かに激しく、滔々と流れていた。
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