青澤隆明の音楽日記をイッキ見

イスタンブールの冬の朝 - Fazil, Ferhan & Ferzan 2 


青澤隆明 / 更新日:2020年3月21日


ファジル・サイの「イスタンブールの冬の朝」のこと。CD◎ ファジル・サイ/ピアノ・ソロ2 (avex classics)



 ファジル・サイの「イスタンブールの冬の朝」について、フェルハン&フェルザン・エンダーのアルバムのことを先に書いたが、せっかくなので音も聴いていただけないかと思って、いまさらながらYouTubeをあたってみた。

 Winter & Winterのオフィシャルに同アルバムのトレイラーがあって、姉妹の演奏でこの曲が聴ける。ていねいにつくられたトレイラーだが、いまのところ再生回数は800回程度と穏やかなものだ(Ferhan & Ferzan Önder "Winter Morning in Instanbul")。

 きれいなモノクロームの映像で、サイ作品で多用される内部奏法の様子もみられるし、姉妹ふたりが背丈も顔つきも違うことがわかる。これならきっと見分けがつく。ピアノ・デュオの演奏シーンだけでなく、イスタンブールの街をひとつ傘でそぞろ歩く姉妹の姿もたくさん出てきて、ちょっとミステリアスなようにも感じられる。正直なところ、ぼくは音だけで聴いていたときのほうが曲の情景が広がるけれど、演奏に寄り添った映像のつくりなので、イメージがそれほど限定されることもないだろう。たちまち、飛んでイスタンブール、である。

 そして、まず聴くべきは、ファジル・サイの自作自演だ。作曲家の自作自演が、それだから良いということはあまりないように思うのだが、ファジル・サイの場合、演奏する身体と音楽表現は強く一体化をみせているので、そこがまずは出発点と言っていいだろう。サイ本人の演奏は、トロイ・ソナタを含む『ピアノ・ソロ2』というアルバムで聴ける。『ピアノの技法 Art of Piano』 op.66の第3曲を構成する、ピアノ独奏曲「イスタンブールの冬の朝」として。

 同CDのライナーノーツに前島秀国氏が記されているように、これは2014年6月に初演された舞台作品「サイート・ファーイク」op.51の序曲として用いられた音楽でもある。同舞台作品は、20世紀トルコの作家サイート・ファーイクの短篇小説「ステリヤノス・フリソプロス号」にもとづく。イスタンブール音楽祭での初演の映像が全篇、ファジル・サイのYouTubeチャンネルで視聴できる(Fazıl Say - "Sait Faik" - Sahne Eseri)。

 これを観ると、サイは初演の舞台で自らピアノを弾き、物語の始まりに演奏している。叙事的な性格と、民族楽器と西洋楽器の組み合わせで奏でられるトルコの伝統的な旋法が活用された音楽だ。おしまいから、語りが重なってくるが、言葉の抑揚と、自然に響き合っている。

 ピアノ4手のための「イスタンブールの冬の朝」は、エンダー姉妹のために2012年に作曲、翌年4月にベルリンで初演、op.51aとしてショットから出版されている。こちらが舞台作品op.51よりも、初演は先ということになる。そうして、歌はさまざまな声で歌われ、語り継がれていく。


Fazil, Ferhan & Ferzan - ファジル・サイと双子の姉妹


青澤隆明 / 更新日:2020年3月21日


CD◎ Ferhan & Ferzan Önder Play Fazil Say (W&W)



 春がくれば、と思っていたのだった。昨年の暮れ、まだ生で聴いたことのないふたりのピアニストのレコーディングを、ぼくはくり返し聴いていた。“Ferhan & Ferzan Önder Play Fazil Say”という1枚のCDである。

 フェルハン&フェルザン・エンダーは、ふたりでひとりというのか、ピアノ・デュオで活躍している。トルコの若き姉妹で、しかも双子である。ファースト・ネームも双子の姉妹らしく、綴りのうえでもHとZの違いしかない。アルバム・カヴァーの写真でみると、目元が少し違う気がする。

 さて、この春がくれば彼女たちはやってきて、デュオ・リサイタルを聴かせるはずだった。《東京・春・音楽祭》の招きで。そして、彼女たちはやってきた。

 リサイタルには、ファジル・サイの作品が2曲組まれていて、とくに楽しみだった。トルコの先達が親交のある姉妹のためにまとめた「イスタンブールの冬の朝」と「ソナタ」、4手連弾の小品と2台ピアノのための堂々たる3楽章ソナタである。

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大の状況を受けて、3月18日に予定されていたリサイタルは中止を迫られた。その前に組まれていた最初のプログラム「The Ninth Wave - Ode to Nature」は、ライヴ・ストリーミングのかたちでインターネット配信された。ベートーヴェンの音楽をモティーフにしたサウンド・アートである。監督・脚本のステファン・ウィンターは、ユニークなアルバムをいくつも世に問うてきたWINTER & WINTERのファウンダーで、エンダー姉妹のファジル・サイ作品集も同レーベルからリリースされている。 

 そのアルバムに収められた「2台のピアノのためのソナタ」op.80は2018年の作曲で、翌年1月、エルダー姉妹によって初演された曲だ。あわせて「ゲジ・パーク1」とされる「2台のピアノとオーケストラのための協奏曲」op.48が、2016年5月のコンサート・ライヴで収められ、両曲とも世界初録音となった。アルバムの幕開けは「イスタンブールの朝」op.51a。こちらもエンダー姉妹のために書かれた作品である。

 ファジル・サイの音楽は、わかりやすく、ダイレクトで、劇的で、イモーショナルだ。憂愁と怒りを堪えた、きわめて率直な音楽である。

 フェルハン&フェルザン・エンダーのピアノは、熱い共感とリズミックな機敏さ、冴えやかな運動能力で、即興的な自由を沸騰させながら、サイ作品の鮮明な語りをのびやかにくり広げていく。音楽が着火する瞬間が、沈静されない蠢きが、まざまざと感じとれる。

 ファジル・サイにとって、音楽は橋である。つまり願いであり、夢であり、幻想であり、意志である。そして、サイの橋はいつも深く揺れている。大きな海のように。それは生の心だからである。
 
 ファジル・サイの音楽は、みえない橋である。みようとしないかぎりみえないが、つよくみようとすれば乗り越えることも信じられる橋である。それはおそらく、絶望と釣りあうだけの切実な希望で強く築かれている。
 
 フェルハン&フェルザン・エンダーという、この双子の姉妹の間には、この演奏で聴くかぎり、対岸がない。ふたりは協働して、ファジル・サイが幻視で見据えるその橋を、真正面から力強く、自由に渡ろうとしている。とくにコンチェルトはライヴだということもあるが、そのふたりの、いや作者の心も含めたひとつの足どりが、しなやかに描かれている。Fazil, Ferhan & Ferzan--あたかも3つのフォルテを重ねるように。Say, Play Say!!!


カペルの荘厳 - ウィリアム・カペルのピアニズム 


青澤隆明 / 更新日:2020年3月20日


CD◎ William Kapell : Complete Recordings 1944-1953 (RCA)



 なにか圧倒的なものに触れたいとき、ぼくはたとえばウィリアム・カペルを聴く。

 ウィリアム・カペルのピアノは、峻厳というのに近い響きかたをして、畏怖に近い思いを呼び醒ます。強靱な心身というのか、ちょっと次元が違うものに直面した感じを、ぼくはいつも受ける。どこかしら宇宙人めいた気もするほど、カペルの演奏は厳然とした超人ぶりで徹底している。ピアノが弾けるとは、こういうことを言うのか、と改めて思う。

 久しぶりにカペルのレコーディングを聴いて、ベートーヴェンのコンチェルトの第2番、とくにカデンツァのところで、剛直というのか、どこか金剛という言葉にも近い感慨にとらわれた。巨大な存在を仰ぎみる思いがする。それから、シューベルト、シューマン、ブラームス、リストが続いたが、どれも変わらない精神の定位が強靱に保たれている。技術的な鉄壁さも一貫したものだ。ショパンでも、ラフマニノフでも、ムソルグスキーでも、どっしりした構えは不動である。

 大きな手を感じさせる堂々たる音で、ピアニストは冷静さと余裕をもって、ある意味、冷徹に音を打ち据えていく。なのに、音楽は激しく熱い。強いドラマや激情を見据えながら、カペルは決して揺るがない。聴いていて、好き嫌いとか、そういう個人的な思いが入ってくる余地はないだろう。それくらい有無を言わせぬ存在感なのである。

 ウィリアム・カペルは、1922年にニューヨークで生まれた。31歳のとき飛行機事故で夭折したので、現世では1953年までのわずかなキャリアしかなかった。残された録音はさすがに時代を感じさせるものだが、それでもそのピアノの凄みは、まざまざと伝わってくる。

 こうした古い録音ではなく、ウィリアム・カペルのピアノの音を直接聴くことができたなら、いったいどのような思いがするのか。まさに絶景だろう。そのさまを写真や映像で観るときよりは、レコーディングは音だからぐっと直接性が働くだろうが、想像するだけで身震いがしそうだ。


コンサートを聴くこと 。そして、それをまた聴くこと。- アンデルシェフスキ『アット・カーネギーホール』を幾たびも


青澤隆明 / 更新日:2020年3月19日


そのとき、そこにいたこと。いまそこではなくて、べつのどこかにいること。でも、たしかに生きていること。CD◎ピオトル・アンデルシェフスキ『アット・カーネギーホール』(Virgin / Warner)



 アンデルシェフスキのソロ・デビュー盤は、1996年に録音された。バッハ、ベートーヴェン、ウェーベルンで、曲はそれぞれイギリス組曲第6番ニ短調、変イ長調ソナタop.110、変奏曲op.27だった。それから12年ほど後、2008年のカーネギーホールでのライヴ盤は、バッハのハ短調パルティータ、シューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」、ヤナーチェクの「霧のなかで」、ベートーヴェンのop.110という流れだ。アンコールに、バルトークの「チーク地方の3つのハンガリー民謡」。最後に輝くのは、澄みきって、ひときわ美しい歌と踊りである。すべてはさまざまに続いていく。明らかにおなじ人間がおなじ曲を演奏していても、ふたつはまったく違う生の流れになる。

 そして、ライヴ・レコーディングには独特の感興がある。コンサートとスタジオ・レコーディングは別の表現分野とも考えられるが、そのはざまで、ライヴ・レコーディングはドキュメントとしての性格を自ずと備え、とくに生き生きとした音楽体験がとらえられていれば、聴いてそこに立ち会えるような臨場感を帯びる特別な魅力を伝えてくる。

 そもそもコンサートという出来事は、その場所に集まるすべての個々人の体験の集合体である。そのなかで音楽は瞬間瞬間に生起し、変容していく。聴き手それぞれの現在には、それこそさまざまな時間が関わっている。それらがおなじ音楽の時間をそこで生きているという、ただそれだけのことで結びつき、そのときどきのかたちでコンサートを成立させる。新型コロナウイルス感染拡大防止の号令を受け、コンサートの開催が困難とされるいま、その体験の貴重さがいっそう強く感じられる。

 アンデルシェフスキのカーネギーホール・ライヴの話だった。そのとき、ぼくはそこにいた。2008年12月3日という日付は、ニューヨークの冬の夜の記憶とともに、くっきりとぼくのなかに刻まれている。音楽のほうは、大半がディスクに刻まれている。失われているものもあれば、はっきりみえてくるものもある。そのようにして、ぼくはときどきこの作品を聴きかえしてきた。

 そしていま、ニューヨークからはほど遠い、べつの場所、自分の家でそれをゆっくり聴いている。幸いなるかな。12年近い歳月がめぐってなお、ぼくは変わらずにそれを聴いている。けれど、ぼくのほうが変わっているのかどうかはわからない。ベートーヴェンとはまったく違って、いつまでもおなじところを、ぐるぐるとまわっていただけのような気がする。それでも、このライヴ・レコーディングを聴くうちにも、いまとあのときは重なって、また新しいべつの時間になっていく。

 とくに自分がそのコンサートに立ち会っていたという感慨があればなおさらのことだが、そこで交わされた音楽の時間は、聴きかえすたびに幾重にも重層化される。にわかに静かになった街に息をひそめて、12年まえのライヴ・レコーディングを聴いているさなかにも。そして、音楽のなかでは、ぼくたちはきっとあの頃よりも自由だ。
 
 ベートーヴェンが生きていれば、また新しい曲を書いて、ぼくたちを驚かそうとするだろう。いつか近い日に、それを誰かが弾いて、またべつの誰かがそれぞれにそれを聴きに行くだろう。ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、物事にはいつも続きがあって、結局のところそれはたぶん終わりではない。いつのまにか、いつも、始まっている。

 つづく。


最後から2番目のソナタ - アンデルシェフスキのベートーヴェン


青澤隆明 / 更新日:2020年3月19日


ベートーヴェンの変イ長調op.110が、彼のピアノ・ソナタのなかで、どうしてこれほど特別に好きなのか、ということを改めてちょっと考えてみた。CD◎ピオトル・アンデルシェフスキ「バッハ、ベートーヴェン、ウェーベルン」(Virgin/ Warner)



  ベートーヴェンのソナタのなかで、ぼくはこどもの頃から『ワルトシュタイン』がとても好きだった。ハ長調はやはり特別ですしね。では、変イ長調ソナタ op.110が特別に好きなのはなぜか、と改めて考えていたら、もちろんあらゆるところに惹かれるけれど、そうした局面ごとのことよりも、この曲が全体としてやはり際立ったプロセスであるから、というのが大きいのだと思った。

 もちろん、最後の3つのソナタはどれも極めつけの人間の音楽だけれど、変イ長調ソナタはやはり、この終わりの旅の中間にある。だから、あの「嘆きの歌」を経て、フーガが動き出し、また疲れ果てて嘆きつつ歌ったあとで、活気を取り戻して、駆け上がるように終わったあとも、ほんとうはそれが終わりではない。次の始まりだということを、ぼくたちはみな知っているけれど、もしそれを知っても知らなくても、ぼくたちはその続きを生きて行く。

 ベートーヴェンの曲の終わりはすべて始まりだった。とくにこのソナタはベートーヴェンの最後から2番目のソナタであり、ということはその後にまだひとつソナタが続いていくことは確実とされる。もちろん、かのベートーヴェンがそのように見通していたからである。

 そして、この20年ほど、コンサートでいちばんたくさんのop.110を聴かせてくれたのは、ぼくの場合、間違いなくピオトル・アンデルシェフスキになる。世界のいろいろな街で、彼がこのソナタを弾くのを聴いてきた。だから、この曲へのぼくの愛着と理解に関して、いちばん上の層に大きく重なっているのは、おそらく彼の演奏が運んできた共感なのだろう。

 レパートリーに慎重なあまり、プログラムの変化がとてもゆっくりなのがアンデルシェフスキのつねである。だから、コンサートのしめくくりに、この曲を何度となく演奏している。またか、と思うのと同時に、毎回が楽しみで、結果としても、そのたびごとの充実した体験になる。なんというか、いつまでもそこに向き合うことの大切さが、そのときどきで新しく、喜びのように響き出すのだ。

 そうして、アンデルシェフスキはソナタop.110ばかりをくり返し弾き続けている。しかし、その先にあるはずのop.111を演奏してはくれない。変奏曲を弾くとなれば、ディアベッリのワルツ主題による変奏曲op.120を、彼はまず弾く。ベートーヴェンのソロ作品ではもうひとつ、作曲時期も近い晩年の6つのバガテルop.126を採り上げる。ほんとうならば、つまりピアノで演奏できるものならば、「ミサ・ソレムニス」を演奏したいと思っていそうだ。

 そればかりか、彼の弾くベートーヴェンの独奏曲はこの3作しか、ぼくは聴いたことがない。つまり、すべては途上にあるということだ。いかにもアンデルシェフスキらしい態度だとみられる。しかし、それでも決然と、どこかへ向かっている。これは、そういう音楽なのである。

 つづく、

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