「ロックバンドのボーカルが交響曲を書く」。単なる話題作りや、既存曲のオーケストラ・アレンジだと思ったなら、その予想は心地よく裏切られるでしょう。
くるりの岸田繁が京都市交響楽団と共に作り上げた『岸田繁 交響曲第一番』。それは、彼が敬愛するマーラーやバルトーク、ストラヴィンスキーへのオマージュに満ち、かつ「くるり」ならではの親密なメロディ(歌)が息づく、真正面から「交響曲」という形式に挑んだ意欲作でした。
本記事では、音楽評論家・青澤隆明氏の寄稿を元に、ジャンルの垣根を超えたこの作品の真価を紐解きます。
「歌」はオーケストラになれるか?

ロックミュージシャンが書いた交響曲?ちゃんとクラシックになってるの?
青澤隆明氏はコラムの中で、岸田の音楽の根底にあるものを「尽きせぬメロディへの信頼」と読み解きました。通常、ロックミュージシャンがオーケストラを書く際、陥りがちなのが「壮大さ」への逃避です。音を分厚くし、ドラマチックに盛り上げることで「クラシックっぽさ」を演出しがちです。



岸田さんのアプローチは違います。楽器一つ一つの対話を丁寧に構築しているんです
しかし、岸田は違いました。彼はオーケストラの楽器一つ一つの音色を愛し、それらが対話するようにスコア(楽譜)を構築しました。第1楽章の冒頭から聴こえてくるのは、紛れもなく「交響曲」の響き。ふとした瞬間に現れる旋律の懐かしさは、私たちがよく知る「くるり」の世界そのものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作曲者 | 岸田繁(くるり) |
| 初演日 | 2016年12月4日 |
| 会場 | ロームシアター京都メインホール |
| 演奏時間 | 約55分(全5楽章) |
京都市交響楽団との共鳴



なぜ京都市交響楽団だったの?
このプロジェクトが成功した大きな要因は、地元・京都の「京都市交響楽団」との密接な関係にあります。広上淳一(当時・常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザー)をはじめとするクラシックの専門家たちが、岸田の楽想をリスペクトし、プロの技術でサポートしたことで、この作品は「バンドマンの余技」という枠を遥かに超えた完成度に到達しました。
広上淳一の評価
広上はデモを聴き、譜面を読んだ瞬間に驚きを覚えたといいます。「ストラヴィンスキーやマーラー、バルトークといった作曲家の片鱗も感じられるが、岸田さんのオリジナルな部分が本当にいい」と評価しました。



70人を超える奏者への「敬意」があるからこそ、本物のシンフォニーが生まれたのです
初演時の録音を聴くと、オーケストラ側もこの新しい挑戦を心から楽しんでいることが伝わってきます。そこにあるのは、ジャンルの壁ではなく、純粋に「良い音楽を奏でる」という喜びだけです。
2015年、京響は広上と共に第46回サントリー音楽賞を受賞。日本トップクラスの実力を持つオーケストラ
クラシックファンこそ聴くべき理由



現代音楽って難しそう…
「現代音楽は難解で分からない」と嘆くクラシックファンにこそ、この交響曲は聴かれるべきです。ここには、調性(ハーモニー)の美しさと、形式美への回帰があります。



ベートーヴェンやマーラーが現代の京都に生きていたら、こんな音楽を書いたかもしれません
岸田は子どもの頃から京響を聴いて育ちました。幼少期に聴いたベートーヴェンの第九、特に第2楽章のトリオに「きれいやなあ」と感動したことが、シンフォニーへの道の原点だったといいます。
岸田繁の活動は、その後『交響曲第二番』(2018年初演)へと続いています。第二番は4楽章構成で、対位法的な構築に力点が置かれ、バロックや古典派への嗜好を見せながらも、フィボナッチ数列をとる拍節構造といった現代的感性が光る作品に仕上がりました。
なお、広上淳一は2022年3月に京響常任指揮者を退任。現在は2023年4月より沖澤のどかが第14代常任指揮者を務めています。広上は2025年1月よりマレーシア・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任し、世界で活躍を続けています。









