「西のオペラの殿堂」として知られる滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール。ここでは2015年度から2022年度まで、若手指揮者の育成を目的とした「沼尻竜典オペラ指揮者セミナー」が開催されていました。
本記事では、びわ湖ホール芸術監督(当時)・沼尻竜典氏の指導のもと、ビゼーの名作『カルメン』を題材に行われたセミナーの様子を、音楽評論家・寺西基之氏のレポートと共にアーカイブします。
びわ湖ホールへのアクセス
指揮棒一本で「ドラマ」を作る難しさ

オペラ指揮者って、普通の指揮者と何が違うの?
オペラ指揮者に求められるのは、単にオーケストラを統率する能力だけではありません。舞台上の歌手の呼吸を感じ取り、ドラマの進行を掌握し、時には演出家の意図さえも音楽で表現する。まさに「総合芸術の要」としての役割が求められます。



歌手とオケの両方を見ながら、ドラマ全体をコントロールするのがオペラ指揮者です
今回のセミナーの課題曲は、ビゼーの『カルメン』。誰もが知る名曲ですが、それゆえに指揮者の解釈と統率力が露わになる難曲です。
寺西基之氏のレポートによれば、受講生たちは当初、オーケストラを「合わせる」ことに意識が向きがちでした。しかし、沼尻氏の指導は常に「ドラマ」に向けられていました。
沼尻竜典氏の熱血指導:「歌手を待て、そして煽れ」



沼尻さんってどんな指揮者なの?
沼尻竜典(Ryusuke Numajiri)氏は、1990年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。2007年から2023年までびわ湖ホール芸術監督を務め、2013年から2019年にはドイツ・リューベック歌劇場の音楽総監督も兼任した、日本を代表するオペラ指揮者です。
寺西基之氏のレポートより
セミナーの白眉は、やはり沼尻氏の実践的なアドバイスにありました。リハーサル中、彼は受講生に対して何度も指揮を止め、こう語りかけたといいます。
沼尻氏の指導から
「そこはテンポを刻むだけではダメだ。歌手がブレスをする瞬間、君も一緒に呼吸をするんだ」
「ホセの絶望をもっとオーケストラで表現して。歌手を待つところと、君が煽って引っ張るところのメリハリをつけて」



その言葉の一つ一つが、受講生たちの指揮を劇的に変えていきました
最終日に行われたコンサート形式の発表会では、初日とは見違えるほど色彩豊かで、ドラマティックな『カルメン』が響き渡りました。
このセミナーは2015年度に始まり、2022年度の『フィガロの結婚』で8回の歴史に幕を閉じた
「育成のびわ湖」としての真価



びわ湖ホールってどんな劇場なの?
びわ湖ホールは、単に海外のプロダクションを招聘するだけでなく、専属の声楽アンサンブルを持つ日本でも稀有な劇場です。自前の舞台制作機能があるからこそ、このセミナーのような次世代育成プログラムも実現できました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| セミナー期間 | 2015〜2022年度(全8回) |
| 講師 | 沼尻竜典(当時芸術監督) |
| 活用基金 | 若杉・長野音楽基金 |



世界的にも珍しい「オペラ指揮」に特化した公開セミナーでした
オペラファンの方も、普段は客席から背中しか見えない指揮者が、リハーサルでどのような闘いを繰り広げているのかを知れば、観劇の楽しみが何倍にも広がるはずです。
2024年度からは阪哲朗氏が芸術監督を引き継ぎ、びわ湖ホールは新たな時代を迎えています。沼尻氏は現在「桂冠芸術監督」として、引き続きびわ湖ホールとの関わりを持っています。
このセミナーから巣立った若手指揮者たちが、今後どのような活躍を見せるか。日本オペラ界の未来に期待が高まります。



