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話題のソプラノ歌手ランツハマーの日本初リサイタルを聴く


片桐卓也 / 更新日:2019年11月28日


2009年のテアター・アン・デア・ウィーンで、アーノンクールの指揮のもと、ハイドンの「月の世界」に出演し、一躍世界的歌手の仲間入りを果たしたランツハマー。透明感あふれる声と知的なプログラミングで、ヨーロッパでは常に注目を浴びる存在だ。その声に触れたくて、紀尾井ホール(11月26日)でのリサイタルに出かけた。



 最近ではリート(歌曲)のリサイタルを聴きに行くことは、かなり少なくなった。それに、海外の旬の歌手というものは、みんな活動が忙しくて、極東まではわざわざリートを歌いに来てくれないという事情もある。そんな中で聴いておきたいと思っていたのが、ドイツ、ミュンヘン出身のソプラノ歌手クリスティーナ・ランツハマー(Christina Landshamer)のリサイタルだった。アーノンクールに抜擢され、ティーレマンやラトルといった指揮者たちとも共演している彼女。デビューCDはシューマンとヴィクトル・ウルマンを組み合わせたプログラムで、選曲のセンスが優れていることは証明済みだった。日本には2005年と2006年にやって来たが、いずれも「マタイ受難曲」のソリストであり、本格的なリサイタルを日本で行うのは今回が初だ。
 そのプログラムは、パーセル/ブリテンから始まり、コープランドの「エミリ・ディキンスンの12の詩による歌曲集」からの<8つの歌曲>、後半にはJ・P・クリーガーの4つのアリア、そしてシューマンの「リーダークライス op.39」という流れ。前半に英語の詩による曲、後半にはドイツ語の詩による曲、そして、前後半それぞれがバロック時代の作曲家(パーセルとクリーガー)と近代以降の作曲家(コープランドとシューマン)という組み合わせだ。
 これまでの録音や映像から想像されるように、しなかやで透明な声がコンサートホールに広がって行く。発声に無理が無く、ひとつひとつの言葉が綺麗に発音されるので、音楽の流れが自然に伝わってくる。その声に惹き付けられているうちに、あっと言う間に時間が過ぎて行く。ピアノはゲロルト・フーバーだが、彼もランツハマーの声に寄り添いつつ、時に鋭く音の煌めきを演出するので、音楽の時間が澱むことも、途切れることもない。
 個人的にはコープランドの「エミリ・ディキンスンの12の詩による歌曲集」に一番関心があった。この曲を実演で聴くチャンスは日本では滅多に無い。当然だが、ディキンスン(1830〜1886)の詩が素晴らしい。ディキンスンの名前を僕が知ったのは<サイモンとガーファンクル>、いわゆるS&Gを通してだった。たぶん1970年代のはじめ。彼らの3枚目のアルバム「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム」(1966)の中に収録されている「The Dangling Conversation」(邦訳は「夢の中の世界」)という曲の中に、ロバート・フロストと並んでエミリ・ディキンスンの名前が登場してくる。ポール・サイモンはこのふたりのアメリカの詩人に大きな影響を受けたとも言われている。作曲家のコープランドはディキンスンの詩の中でも、この「12の詩」の中に入っている「馬車(The Chariot)」という詩に霊感を受けたと言われている(この曲の録音はいくつかあるが、バーバラ・ボニーとアンドレ・プレヴィンのコンビの演奏が素晴らしい)。
 見事に構成されたリートのリサイタルというものは、コンサートの後でも色々な刺激を与えてくれることを改めて実感した夜だった。

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